2011年8月5日金曜日

丸岡蕎麦道場で食した「そば」は最上々、これこそ究極のそばか

 表記標題の初出は「探蕎」会報第32号(平成17年12月27日発行)で、訪問したのは平成17年(2005)11月13日である。  「晋亮の呟き」に再録する。

 平成17年の丸岡の海道さんのところの蕎麦の生育は芳しくなく、二度蒔きもしたとか。また蕎麦の丈も低く、収量も多くなかったそうだ。ところが、蕎麦の質はこれまでになく上質で、しかも完熟前に青刈りしたことによって、玄蕎麦の質が一層高まったと仰る。
 一番初めに「おろしそば」。中細のそばは仄かな鶯色、芳しい蕎麦独特の香り。このそばを見ていると、初めて「ふじおか」へ出かけた時のときめきを感じた。二すじ三すじ口に含む。十割生粉打ちなのに硬くはなく、程よいコシ、二八にも劣らない喉越し、甘味も感ずる。正に逸品である。これ以上の「そば」があろうか。今年出会った「そば」の中で、このそばの右に出るそばはない。これは究極の「そば」だ。正に絶品。
 あまりの美味さに、「水そば」を所望する。水は竹田川の伏流水、水そのものが大変美味い。そばの真髄は、水そばでこそ発揮される。このそばに汁(つゆ)は必要ない。蕎麦自身の持つ色を愛で、芳しい香りに酔い、仄かな甘味を舌に感じ、硬くもなく、柔らかくもなく、正に中庸、啜れば何とも言えない甘美な喉越し、つるつるでもなく、勿論もさもさでもない。正にこれは究極の「そば」としか言いようがない。絶品だ。
 次いで「釜あげ」を貰う。こういう食べ方は市中のそば屋では決して味わうことができないだけに、貴重な経験だ。器に茹で上がったばかりのそばを、少し取り分けて頂く。小見山さんから、醤油はチラッとかけるように、決して余計かけないようにと、助言を頂く。一口頂く。口中に蕎麦の強烈な香りが充満する。ふと、幼いときに祖母が打ってくれた蕎麦の香りが蘇った。何とも不思議な一瞬だった。もつもつした感じ。これなら「そばがき」も最高だろう。
 締めに、再び「おろしそば」を頂く。「越前おろしそば」と言えば、あの硬くて太い黒い田舎そばがベースのおろしそばを思い出すが、とすれば、丸岡蕎麦道場で頂いた「おろしそば」は何と命名すべきか。この「そば」は、先ず絶品の玄蕎麦があって、しかも優れた三立てがないと、生まれる代物ではない。
 終りに近く、海道さんが皆さんの前で「そば」を打たれた。これまで何度かお見受けしたが、この春に打たれた時と今度は、京都の「じん六」さんから伝授された技での方法とか。通常の打ち方と違う点の一つは、最初の蕎麦粉への加水に、規定量の8割もの水を一気に加える点で、蕎麦粉が水の中に浮かんでいるような始末、それでも水回しをするにつれて、そぼろ状態になってくる。残りの水を加えて、更に動作を続けると、立派にまとまった。菊練りに入る。ここでもう一点、力任せに強く揉まずに、柔らかく、そして時間も長くかけないことが肝要とか。こうすることで、細かい空気の泡が程よく捏ねたそばの中に分散し、食べる時の口当たりを良くするとか。これが「じん六」の極意の一端とか。次いで延し、4本の麺棒を自由自在に使い分けて延ばす。打ち粉は極力少なくするとか。粉がそばに食い込むと、これまたそばの味を落とす原因になるとか。延していても、そばが縮むのがありありと分かる。粘りがあるというか、実に弾力性に富んだ蕎麦だ。厚い丸い玉が魔法のように、本延し後には薄い正方形になる。延し終わって畳む。この時は打ち粉をたっぷり、もう延しがなければ,食い込まないと。粉は切った後で払えばよいという。切りに入る。実にリズミカルに、等間隔に切り揃えられ、手際よく生舟に並べられる。速い。切った「生そば」を口に含んでみて下さいと。口にすると、口中で溶けてしまう。驚いた。やはり究極の「そば」なのだ。このような方式でのそば打ちは、福井では他にはまだやられていないとかで、他で打つ時は、従来の方式で打つことの方が多いとも。
 今年の蕎麦は質が上々なこともあって、何回かお邪魔した中でも最高の出来だった。探蕎会では丸岡蕎麦道場に春と秋に訪れるのが、半ば恒例化してしまっている。春の山菜、秋の新そば、ご迷惑なのではと思いながらも、次回が心待ちにされる。今回も、海道さん、小見山さん、若月さんのほか、沢山の方々に接待して」頂いた。実に冥加に尽きる。本当に有り難うございました。
 追記:「そば」のことのみ書いてしまったが、いつも用意して頂く酒肴の、バッテラ、笹寿司、煮物、甘酢漬け、浅漬けなどは、皆さんが丹精込めて作られた品々だけに、大変美味しく、楽しみにしている。中でも特に小見山さん手作りのバッテラは素晴らしく、何時もながら玄人はだしで圧巻だ。感謝々々。

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