2015年10月29日木曜日

道東への金婚記念旅行(その4)

5.4日目 10月4日
 阿寒湖畔温泉 ー オンネトー ー 足寄 ー 富良野 (新富良野プリンスホテルで昼食) ー 後藤純男美術館 ー   新千歳空港 ー 羽田空港 ー 小松空港
 朝5時に起きて、ホテル8階にある展望風呂、そのさらに屋上にある露天風呂に行く。気温は 5.8℃ と寒い。屋上には大きな浴槽が4つばかりあり、全ての浴槽をはしごしたが、お気に入りは最も大きな浴槽。まだ夜明け前とて星が見えている。阿寒湖を挟んでの対岸には、三角錐の雄阿寒岳 (1371m) が聳え、眼下には湖畔のホテルの灯が見える。正に幻想的だ。5時半過ぎ、雄阿寒岳の右裾から朝日が射し出た。日の出/御来光である。空が漆黒から徐々に明るくなって行く。温泉に浸かりながらの贅沢な感激だった。今朝の出発は 7:40 、早いので荷物を先にロビーに出してから食事をするようにとの指示、今日は帰宅の日である。
 阿寒湖を真ん中に、東に雄阿寒岳、西に活火山の雌阿寒岳 (1499m) と阿寒富士 (1476m) が位置している。オンネトーは雌阿寒岳の西麓にある小さな湖で、北海道の三大秘湖とか。天候や風向き、見る場所や位置によって湖水の色が様々に変化することから、五色沼とも呼ばれているという。トーとはアイヌ語で湖のことだという。対岸には左に噴煙を上げる雌阿寒岳、その右には端正な阿寒富士が望める。
 オンネトーから足寄国道を西へ、そして足寄からは 15km 以上もの直線道路の日勝国道を更に西へ。この頃から空模様が怪しくなり、行く手に見えるはずの十勝連峰は雲に閉ざされて見えていない。その連峰南端の狩勝峠 (644m) を越えて富良野へ、西に見えるはずの夕張の山々も厚い雲に閉ざされている。車は富良野盆地へと下り、富良野スキー場近くにある高台の新富良野プリンスホテルへと向かう。スキーのメッカともいうべき富良野スキー場の一角にある。食事の場所はホテル 11 階の展望レストラン、東側は総ガラス張り、天気が良ければ十勝の山々がドーンと見えるはずだが、生憎雲の中だ。ただ眼下には富良野盆地を俯瞰することができた。ここで洋食のランチを頂く。お供には赤ワインを貰った。
 山から富良野盆地へと下り、JR 富良野線に沿った道を北上する。ここ一帯にはファーム富田とか彩香の里・佐々木ファームなどの観光農園がある。以前に訪れた時には、正にラベンダーの花盛り、広大な園内に、芳しい匂いをしたいろんな色のラベンダーが帯状に植えられていて、一大壮観絵巻を醸し出していたが、今は刈られてしまっていて、わずかに一部に赤と黄の縞模様が道路から見えているに過ぎない。シーズンには観光農園近くには、観光客の便を図るために、JR 富良野線には「ラベンダー畑」という駅が開設されるとか、バスはその脇を通った。更に北上を続け、富良野市から上富良野町に入り、このツアー最後のスポットの後藤純男美術館へと向かった。
 後藤純男さんは昭和3年 (1930) 生まれの日本画家、現在は美術館に併設されているアトリエで制作に励んでおられるという。画を近くで鑑賞すると、その細やかな筆致に驚かされる。そしてその筆致で描かれた幅6m 強にも及ぶ「十勝岳連峰」と題された大作の画には、本当に圧倒された。この美術館の2階には十勝岳展望テラスがあって、連峰を一望できるらしいが、画はここからの眺めなのだろうか。また京都の三千院の初夏、秋、冬を描いた「三千院三題」という連作にも目を見張った。ほかにも、北海道の海、流氷、山間、田園、森など、地元を題材とした画も多い。展示室は6室あり、数十点の絵画が展示されている。展示館を出る頃、強い俄雨があった。
 こうして4日間にわたった道東への旅は終わった。真っ直ぐに延びる富良野国道を南下し、占冠から道東自動車道を通り千歳に戻った。4日間とも車窓には北海道の広大な山地、そして広々とした平野、そこには内地にない規模の農地や牧草地を見た。この時期は、イネ、タマネギ、アズキ、シロハナマメの収穫の真っ盛り、また青々とした緑色の畑はビート (サトウダイコン) だとか。あれだけ広いと、とても人力だけでは追いつかない。それにしても、この広大な原野を開拓した先人の偉大さをひしひしと身近に感じた旅でもあった。

〔閑話休題〕
 帰りのバスの中で、北海道の難読地名に挑戦して下さいと言われて、1枚の紙切れが渡された。北海道は蝦夷地、アイヌの地名が圧倒的に多いが、開拓に入った大和民族が、音読を漢字に置き換えたのが今の北海道の地名となっているようだ。でも山や川など、生活に直接関係しない地名は、今でもカナ書きになっていることもある。これは中国で、中国以外の、特に横文字を中国語に翻訳して表記しているが、何方がするのか、何か法則があるのか、興味深い。以下にその地名を書いたが、誰も答えられなかった。当て字とは分かっているが、でも読み方は今通用している読み方のようだ。次に揚げてみる。
(1)忍路 (2)花畔 (3)濃昼 (4)晩生内 (5)比布 (6)安足間 (7)咲来
(8)興部 (9)止別 (10)音調津 (11)旅来 (12)分遣瀬 (13)火散布 (14)穂香 
(15)一已 

2015年10月28日水曜日

道東への金婚記念旅行(その3)

4.3日目 10月3日
 知床ウトロ温泉 ー 知床五湖散策 (一湖展望台) ー 知床自然センター ー オシンコシンの滝 ー 硫黄山 ー    摩周湖 ー 車内昼食 (摩周のぽっぽの豚丼) ー 釧網本線 塘路駅〜釧路駅 (ノロッコ号) ー 釧路市内車窓観光 ー 阿寒湖畔温泉 (泊)
 朝起きて海に面した窓から外を見ると、大変視界が良く、遠くオホーツクの海の彼方に宗谷岬と思しき岬が見えていた。海は一見穏やかで、今日は知床岬クルーズが可能なように思えた。しかし添乗員からのメッセージでは、うねりが4m と凄くて欠航とのことだった。今回のツアーの方達は初めての方が多く期待されていたようだったが、私たちは以前に経験していたこともあり、それ程のダメージは感じなかった。その代わりとして知床自然センターへ寄ることにしたという。今朝の出発は午前8時、でもバスが来て乗ったのは2組のみ、他の割り増し組は近くの知床第一ホテルが宿だった。
 宿から一旦ウトロの町に下り、昨日と同じようにホロベツ川を渡って国立公園内に、そして知床横断道路を知床自然センターまで往き、そこから知床五湖へと向かう。分岐地点から9km という。センターから 15 分で知床五湖の駐車場に着いた。羅臼の山並みが美しい。ここでの今日の散策時間は 40 分、そして今日の散策は一湖までの往復のみ、片道約 800m で、高架木道の上を歩く。木道の高さは2〜5m、ヒグマが侵入しないように電気柵が設けられている。これじゃ木道から落ちたらとても上がれないのでは。木道の終点には湖畔展望台があり、羅臼連山が湖に影を落としている。連山は右から主峰の羅臼岳 (1661m)、左へ三ツ峰 (1509m)、サシルイ岳 (1564m)、オッカバケ岳 (1462m)、そして硫黄山 (1562m)、遠く知床岳 (1254m) も見渡せた。正に絶景ポイントである。沢山の人が来ている。木道の帰りに途中にあったオコツク展望台と連山展望台へ寄った。展望台ごとに記念写真を撮った。本来ならば五湖全てを巡りたいのだが、現在はレクチャーを受けてからでないと巡ることは出来ないとかである。でももう訪れることはなかろう。
 バスで知床自然センターへ戻る。ここは斜里町と羅臼町が設立した公益財団法人が管理運営していて、常駐しているスタッフが知床についていろいろと教えてくれる施設となっている。私たちは幅が 20m、高さが 12m の大きなスクリーンに映し出される知床の四季の自然と上空からの空撮俯瞰映像を観た。凡そ 30 分ばかり、でもこれは有料で事前に申し込まねばならないとかだった。ここでは資料の展示はむしろ少なく、もっぱら調査や情報提供やレクチャーが主だとのことだった。
 ウトロの町に戻り、オシンコシンの滝へ向かう。滝は駐車場からも見える。日本の滝百選に入っていて、滝は岩肌を二手に分かれて流れ落ちていて、双美の滝とも呼ばれているとか。沢山の観光客が来ている。滝の近くまで階段があり、豪快に流れ落ちる滝を正面から眺められる。さぞや雪解けの頃は水量も多く、圧倒されるのではなかろうか。辺りには大きな太い茎の蕗が群生していた。
 バスは海岸を離れ、端正な三角錐の斜里岳 (1547m) の山裾を北から西へと回り、川湯温泉を経て硫黄山に向かう。この国道からは、釧路湿原を潤す釧路川の源となる屈斜路湖を眼下に観ることができる。硫黄山は標高 512m の活火山で、駐車場から見ると、あちこちの噴気孔から硫黄臭の強い白煙がもうもうと立ち上っている。殺伐とした荒涼たる風景が広がる。
 国道を南下すると、硫黄山の裏側にある爆裂火口が見えた。この道路は屈斜路湖と摩周湖の間の背を南北に通っている。途中で左に折れて摩周湖に向かう。この湖は流れ込む川がないカルデラ湖で、周りは外輪山の険しい崖に囲まれていて深く、また霧の摩周湖といわれるように、晴れて全貌が見られることは少ないという。でもこの日は強風のせいもあって、第一展望台に着くと、青い空に青い湖面、中央に神になった老婆という意味のカムイシュ島、右手に神の山という摩周岳=カムイヌプリ (857m) が見え、遠くには斜里岳も見えている。ここで初めて集合写真を撮った。30 分ばかり滞在し、遅い昼食はバスの中で摂った。
 国道へ戻る。この国道は釧網本線と並行していて、屈斜路湖から流れ出る釧路川に沿っている。バスは南下を続け、午後3時近くに塘路駅に着いた。ここからノロッコ号という緑色のジーゼル機関車牽引の5両連結の列車に乗り込む。乗車時間は 50 分、進行方向右手には常に釧路湿原や釧路川を望むことができ、本格的なカメラマンと思しき人も乗り合わせていた。湿原には野生のタンチョウヅルも見えた。列車には売店があり、地ビールを飲みながら、のんびりとした一時を過ごした。私も家内も釧路の街は初見参である。道東の中核都市だ。
 釧路駅で下車し、再びバスへ。釧路の市街を抜け、まりも国道を北上し、一路阿寒湖温泉へ向かう。摩周から阿寒湖まではコップの口の距離 (36km)、それを摩周からはるばるコップの底の釧路まで 67km南下し、底を 18km 横断し、再びコップの口の阿寒湖まで 58km、延々とぐるりと廻った感じだ。宿のあかん悠久の里「鶴雅」に着いたのは午後5時近く、温泉に入ってから夕食をと思ったが、5時半から食事とのことで、入浴は後にした。お目当ての8階の展望風呂は男女相互入替えのため、明朝のお楽しみということに。


道東への金婚記念旅行(その2)

3.2日目 10月2日
 層雲峡温泉 ー 銀河・流星の滝 ー 道の駅おんねゆ温泉・北の大地の山の水族館 ー 網走かに本陣友愛荘 (三大がに料理昼食) ー オホーツクバザール ー 道の駅うとろ・知床世界遺産センター ー 知床峠 ー 知床ウトロ温泉 (泊)
 泊まったホテル大雪は高台にあり、石狩川に沿った温泉街を見下ろす位置にある。昨晩はホテル7階にある露天風呂 (大雪乃湯) に入ったが、周囲の景観を眺めながらゆったりと過ごした。朝起きて外を見ると、木々が少し揺れてはいるいるものの、空は晴れていて台風なみの低気圧はどうなっているのかなあと思わせた。ただ雲の流れは早くて、上空は風が強いように思えた。天気が良ければ大雪山系の一峰の黒岳へ行く予定だったが、強風のため中止になった。それで大雪山荘の露天風呂 (天華の湯) へ行ったが、風は次第に強くなるようで、雲行きも怪しげになってきた。朝食はバイキング、広くて川や対岸の崖を見渡せる総ガラス張りのレストランだが、食事中にとうとう雨が降り出した。今日の行程が心配だ。
 出発は 8:20、その頃には土砂降りで横殴りの風、バスを玄関に横付けにしてくれた。バスは宿から大雪国道を石狩川上流に向かって走る。猛烈な雨だ。左岸に聳える崖から、日本の滝百選に選定されている豪快な落差 90m の流星の滝 (雄滝) と優雅な落差 120m の銀河の滝 (女滝) が望める。雨の所為で水量は多く、実に豪快。以前に滝の対岸の双瀑台から両方の滝を同時に眺めたが、下からは個々にしか観ることが出来ない。天候が良ければ、男滝で下りて女滝まで歩く予定だったが、土砂降りではどうにもならない。でも一旦バスは女滝の駐車場で停まった。雨風の中、完全武装でバスを降りて観に行った方がいた。
 バスは更に上流へ、大函という名勝があるが、説明だけで通り過ぎた。右手に大雪ダムが見え、やがて源流の石北峠 (1040m) へ、この頃になると雨は小康状態、日が射し、反対側には大きな虹がかかった。この辺りは落葉樹のダケカンバもあるが、それより針葉樹のエゾマツやトドマツが多い。ガイドさんから両方の樹形の違いを教わった。峠を過ぎると道路の名称は北見国道に、山を下りて温根湯にある道の駅おんねゆ温泉へ、ここには山の水族館がある。この時間、晴れてはいるが、風が物凄い。
 バスから 50m ばかり離れている山の水族館に辿り着くのには、風で四苦八苦だった。着いた水族館は小さいながら実に素晴らしかった。此処では温根湯の地下水と温泉水で、北の川にいる魚と熱帯淡水魚とが飼育されている。圧巻は幻の淡水魚といわれるイトウ、体長1mを越えるのが約 40 匹、初めて目のあたりにした。また滝壺を模した水槽を見上げられる水槽では、ヤマメだろうか、滝壺の中で群がっている生態を観ることが出来た。ほかにも北海道の川や湖に棲息する多くの生き物を観ることができた。また、アフリカの湖、東南アジアの川、アマゾンに棲息している魚の展示もあった。また手の角質を食べてくれるドクターフィッシュも人気があった。
 バスは北見の街を抜けて網走へ、そして博物館網走監獄の近くの高台にある昼食所へ。この間ガイドさんからは囚人がどれだけ北海道開拓、とりわけ原野の開拓や道路の建設に寄与したかを話してくれた。昼食での蟹料理、タラバ、ズワイ、ケガニと一見豪華だが、食べるのに随分苦労した。身離れが悪く、茹でてから随分時間が経っている代物とみた。次いでオホーツクバザール、生け簀に大きなタラバガニやケガニ、ズワイガニなら見たことはあるが、これは圧巻だった。北海道の海産物なら何でも揃うといった大きな施設、台湾からの観光客の一団がまとめ買いをするのを目のあたりにした。生きたタラバガニを買っていたが、どうするのだろう。
 バスは原生花園の脇を走る。今は花は見られない。正面左手には、白波の立つ大荒れのオホーツクの海を挟んで、羅臼岳 (1660m) を盟主とする知床の山々が望め、右手には端正な三角錐の斜里岳 (1545m)が見えている。10km にも及ぶ直線道路を通り知床へ向かう。午後3時近く、バスはウトロの街へ入る。当初の予定ならば、知床クルーズ (硫黄山コース) が予定されていたが、海は大荒れで出航できないとか、それで明日行く予定になっていた知床峠へ今日向かうことになった。バスは明日見学することになっているオシンコシンの滝を通り過ぎ、トイレ休憩も兼ねて道の駅うとろ・シリエトクへ、ガイドさんでは、道の駅もさることながら、ぜひ隣接する知床世界遺産センターへ寄って下さいという。でも道の駅は大勢の観光客で賑わっているけれど、センターへの入場者は少ない。道の駅も大きいが、センターもかなり広く、知床の自然に関する豊富な資料が沢山展示されていて、これが無料で入館できるのだから素晴らしい。近くにオロンコ岩が立っている。
 道の駅から山手に入り、ホロベツ川を渡って国立公園内へ、そして峠へと向かう。この知床横断道路は、西海岸のウトロから知床峠 (740m) へ上り、東海岸の羅臼へと下っている。高度が上がるにつれ、ウトロ港や奇岩が続く海岸、さらには高台にあるホテル群を俯瞰できるようになる。眼下には鮭が遡上するというイワウベツ川が見え、この奥には「ホテル地の涯」という秘湯があるという。急カーブが連続し、高度が上がると、やがて眼前に羅臼岳 (1660m) がドーンと見え、間もなくして峠に着いた。風は凄く強くて、飛ばされそうだ。でも風の所為か、空は晴れ、空気は澄んで遠望がきき、国後島が実に間近に、ガイドさんもこんなにはっきり見えることは少ないという。遠く国後島の最高峰の爺爺 (チャチャ) 岳 (1822m) もはっきり見えた。日本の領土とはいえ、ロシアに実効支配されているのは残念だ。知床はアイヌ語では「地の果て」を意味するという。
 帰りのバスで、ガイドさんから「しれとこ100平方メートル運動」の話を聞いた。知床の開発の危機を救おうと、取得した土地で森づくりが行なわれているという。バスは一旦ウトロの町へ下った後、ホテル群がある高台へ。この高台でボーリングしたところ、温泉が湧き出たとか。宿泊費に割り増しのないグループの宿は、「知床プリンスホテル 風なみ季」だった。

道東への金婚記念旅行(その1)

1.まえがき
 私たちが結婚したのは昭和 40 年5月、今年は昭和に換算すると 90 年、結婚後 50 年にあたる。それで何処かへ出かけようということになったが、家内は私に任せるという。これまで私たち独自で案を出し企画したのは、私が退職したときに、九州と瀬戸内を巡った1回きりで、何とも心もとない。それで家内が勤務する医院に、よく国内にも海外にも旅行する白山市在住の女の方がいて、その方がよく利用するエージェントを家内が紹介してもらった。私は何となく北海道へ行きたくて、その方面のパンフレットを所望した。ポイントは旭山動物園と知床五湖、北海道には十数回行っているが、この2カ所はまだ行ったことがない。家内が持ってきてくれたのは近畿日本ツーリスト個人旅行のパンフレット、その中で「道東パノラマ周遊4日間」というのが比較的希望に合致していた。それで最小催行人員2名で、40 日以前申込みが条件となるツアーは、10 月1日〜4日ということになった。
 もっと早くに申し込めば、出発日を調整できたのだが、遅きに失した。家内はこの時期は寒さが心配だという。平均気温は 15℃とかだ。私はそれよりも集合が新千歳空港の近畿日本ツーリストのブース、小松から羽田乗り継ぎで新千歳に向かうのだが、乗り継ぎがスムースに行くかどうかが心配だった。また、それにも増して、台風 21 号は中国大陸で熱帯低気圧になったものの、北方の寒気の影響で 10 月2〜3日には急速に発達して爆弾低気圧となり、北海道では大荒れの天気になるとのこと。旅行会社に訊くと、10 月1日はとにかく航空機は平常通り運行しますという。もう行くしかないという覚悟だった。
2.初日 10月1日
 小松ー羽田ー新千歳 (空港) ー 旭山動物園 ー 層雲峡温泉 (泊)
 家を午前6時に出る。フライトは7: 50 発の日航機、手荷物を新千歳まで預け、機上の人となる。天気は高曇り。上昇の途中、白山の南を通る時に、南竜ヶ馬場の赤い山小屋の屋根が見えた。でも下界が見えたのはここまで、後は雲の中か雲の上、羽田に着く寸前に相模灘と東京湾が見えたっきり。次の新千歳への乗り継ぎに要する時間は 35 分、初めてで緊張したが、難なく乗り継ぎできた。しかし座席は中央、何故か東北の空は晴れていたが、下界を望むことは叶わなかった。新千歳には定刻の 11:00 に着いた。手荷物を受け取り、近畿日本ツーリストのブースに行く。ここで添乗員の方と対面した。先週は金沢にいたとか、全国を飛び回っているという感じ、今日から4日間お世話になる。誰も居ないので訊くと、もう1組いて、ここからバスに乗るのは2組4人とか、これから行く旭山動物園で5組 10 人が乗車し、このツアーは7組 14 人とか、何ともゆったりした旅だ。天候は晴れ、風が少しある。嵐の前の静けさなのだろうか。天気予報では低気圧は猛烈に発達して、中心気圧は 942 hP とか。猛烈だ。
 やがて着いた大型バスに乗り込む。ガイドさんは年配のベテランガイド、さすがキャリアがあり、澱みない案内に感心させられる。帰りの別れ際に訊いたら、ガイド歴 40 年とかだった。バスは一路道央自動車道を旭川へと向かう。道路の両側には薄紫の花が咲き乱れている。ガイドさんではエゾノコンギクとユウガギクだという。そしてナナカマド、今は真っ赤な実をたわわに付けている。母の姉妹が住んでいる札幌、母の故郷の奈井江を過ぎると、右手遠くに真っ白な大雪山系が見えてくる。右端の最も高い三角に尖った山が旭岳 (2291m) とか、乗車3時間で旭川に着いた。お目当ての旭山動物園は市の東郊外の山手にある。何故旭川にあって旭山なのかと訊くと、旭山という土地に開設したからとかだった。
 正門、次いで西門を過ごして、高台にある東門へ、団体専用とかだった。添乗員の方の説明では、先ず山を下って西門へ行き、順に見ながら山を上るように見て歩くのがベターだとか。ここでの鑑賞時間は 90 分、全部を観るのは困難だ。初めに「ペンギン館」。キング、フンボルト、ジェンツー、イワトビの4種のペンギン、水中を泳ぐ様をアクリルトンネル内から観察、颯爽とした泳ぎに目を見張った。皇帝ペンギンは悠揚としていた。ペンギンと家内とツーショット。次いで「あざらし館」、透明な水槽の中を優雅に泳いでいた。次に「ほっきょくぐま館」、さすがに大きくて悠揚として歩く。ペアで一匹が巨大なプールにダイブ、迫力がある。そして「もうじゅう館」、アムールトラ、ライオン、クロヒョウがそれぞれのケージに鎮座していた。エゾヒグマはうろうろと徘徊、アムールヒョウやユキヒョウは頭の上に迫り出した金網に居るのを見上げた。「オオカミの森」では、岩山や小川のある囲いの中を群れをなして徘徊しているのを観ることができた。「エゾシカの森」の脇を抜け、「タンチョウ舍」へ、初めて丹頂鶴二羽を間近に観た。「両生類・爬虫類舍」を抜けて、「北海道産動物舎」へ。哺乳類では、キタキツネ、エゾタヌキ、アライグマほか4種、鳥類では、エゾフクロウ、ワシミミズク、オオワシ、オジロワシなどは初めて観察できた。ほかにも本州でも観られる鳥も十種以上、大きな高いケージに放たれていた。次いで「チンパンジーの森」と「ちんぱんじー館」、幼獣だろうか、ロープや鉄柱を使ってアクロバットに遊び回っている。飽きず眺める。よくぞ落下しないものだと感心する。この後にも数舍を巡り東門へ戻った。アイデア一杯の展示は実に楽しかった。念願が叶った。
 再びバスの人となり、後は今宵の宿の層雲峡温泉へ行くのみ。今宵の宿は「ホテル大雪」とか。道が石狩川沿いに進むようになると、やがて両岸には柱状節理の岸壁が続くようになり、ガイドさんがその一つ一つの名前と謂われを話してくれた。その博識さに舌を巻いた。天候が心配されたが、上々の天気。宿ではゆっくり湯に浸り寛いだ。夜になり少し風が出てきた。