2011年7月27日水曜日

萬盛庵の「紅花きり」を食い損ねた山形蕎麦紀行

 表記標題の初出は「探蕎」会報第23号(平成15年10月16日発行)で、山形市内に蕎麦処を訪ねたのは、平成15年(2003)9月6日と8日である。

 平成15年9月6日,7日の両日、蔵王温泉(山形県)で金沢大学山岳会の総会と蔵王縦走トレッキングがあり、それを機に山形市の蕎麦処を再び訪ねた。今回は特に萬盛庵を訪れ、中でもあの「紅花きり」をと思っていたが、生憎の定休日、残念ながら望みは絶たれた。しかし、山へ登る土曜の6日には、駅に近い老舗の「庄司屋」と「三津屋」、山から下りた月曜の8日には、やはりどちらかというと駅に程近い「山長」と「梅そば」を訪ねた。それぞれ2軒ずつしか訪ねられなかったのは、その店でお勧めと思われる逸品を食したところ、小生の小腹ではとても3軒以上に挑戦するのは、生理的にも物理的にも限界で、断念せざるを得なかったからである。以下はその印象記である。

●蕎麦処庄司屋(山形市幸町 14-28)
 江戸中期にそば茶屋として現在地に創業した山形一番の老舗、今の当主は庄司家21代目とか、以前探蕎会でも寄ったことがある暖簾である。先祖伝来の手法は、そば粉十割につなぎ一割の純十一(トイチ)そば、山形特有の田舎そばである。が、新たに一番粉を使った江戸・東京風の真っ白な更科そばも採り入れている。当然のことながら欲張って両方をと、お品書トップの「相もり板」を所望した。ところで、とりわけ人気のあるのはと訊くと、「更科相もり板天そば」とか、そばはすべて手打ち、予約すれば変わりそばも味わえるという。席数は80、椅子席、囲炉裏、小上がり、蔵座敷とバラエティに富んでいる。大店である。そば好きが毎月集まってそばを味わう「そばを食う会」も10を数え、人気も凄い。さて、待つこと暫し、塗りの板箱に「相もり」が来た。板の左半分には田舎そばの中打ち、色は黒くなく浅い、野性味に欠けるが、噛みしめると仄かな香りがする。量はざる一枚分はあろうか。右半分は更科の細打ち、これがそばかという純白なそば、辛味のつゆに少しつけてすする。満足した。ただし蕎麦前は、単に山形の酒とあったこともあって割愛した。東京虎ノ門に山形一のそばとして、蕎麦処出羽香庵を出店しているとか。[板そば 1,300円、さらしな板 1,600円、相もり板 1,600円、相もり天 2,000円、もり 650円、更科ざる 800円、麦板 1,300円、麦切り 700円 ]
●そば処三津屋(山形市上町一丁目 1-75)
 庄司屋はJRの踏切の東側、それに対峙して西側にあるのが三津屋、昭和3年の開店とか、現当主は3代目、市内に3店舗を構える大店である。暖簾をくぐって中へ入ると、椅子席20、小上がりに20、訊くと60人入れる奥座敷があるとか、妙齢から老齢の美女6人が忙しそうに立ち振る舞う。男衆は1人。お品書が届く。開くと、山形名物「元祖大板そば」が目に飛び込む。いくらなんでも今し方2人前食ったのに、しかし探蕎とあっては具のあるそばを食するのは邪道じゃなかろうか、と葛藤する。と次に目を移すと、「半板そば」というのがあるじゃないか。早速お姐さんにこれを所望、そして蕎麦前は単に地酒とあったので清酒は割愛し、銘柄は不明ながらそば湯割焼酎にした。客は昼頃とあって、絶えず訪れる。やがて西山杉の板箱に、大きなそば玉が6山、2.5人前という「半板」が来た。これを一人で食おうとするのは小生のみのようだ。アベックは皆二人でつついている。でも後の祭り、どうか全部腹へ収まりますようにと神仏に祈願した。こんなことは会長と越前のおろしそばを5軒もはしごした時以来のことだ。覚悟してそろりそろりと食する。うぅん、これは二八の機械打ちに違いない。田舎とは言え、黒くなく、どちらかというと白めの中打ち、なるほど、大正時代にはそば・うどんの製麺・卸が本業だったと聞いて頷く。それで、三津屋製生そばや乾麺のお土産があるわけだ。後で分かったことだが、二八の手打ちは要予約だった。焼酎の助けもあってどうやら腹に納まったが、知らなかったとは言え本当に参った。帰りに勝手を覗いたら、大きな鈴木製粉の蕎麦粉の袋が目についた。[元祖大板そば 2,200円、半板そば 1,100円、五重割子そば 1,400円、天ざるそば 1,400円、その他に具をあしらったバラエティーに富んだ種ものの温・冷そば多品 850~1,000円、そばアイス 350円 ]

 翌9月7日(日)、蔵王のお山はガスの中、視界50m、気温15℃、お目当ての「蔵王のお釜」は拝めず仕舞い、早々に退散して蔵王温泉(900m)にまで下ると、皮肉にも晴れてきた。まだ陽は高く、次のお目当ての湯の谷を堰き止めて造った「大露天風呂」へ行き、汗を流す。夜には月が煌々、そして火星、何十年振りとかいう星の一大ショーに酔った。翌々日の8日(月)は夏の日差しがやけに強い一日、ロープウェーで鳥兜山へ登り、遠く鳥海山、朝日岳、月山を見る。お山から下りた下界の山形市は真夏日だった。

●第二公園山長(山形市十日町四丁目 3-8)
JR山形駅前の大通りを東へ約10分歩くと、市の第二公園が右手に見えてくる。古は山形城の外郭の一部とか、蒸気機関車が鎮座している。その斜め向かいの南側に山長はある。11時15分着、まだ暖簾は出ていない。見れば30分からだった。公園の緑陰で暫しまどろむ。店はというと、明治31年創業、御当主は4代目とか、老舗である。たった5分遅れての入店だったのに、もう6組も入っていた。店は椅子席20、座敷20席、ただ驚いたのはどうも麺類食堂だということだ。観察していると、お客の注文の割合は、そば1:うどん1:ラーメン5で、どうも此処の五目ラーメンが好評のようだ。さてと、見回すと、大きく「山形そば屋の隠し酒・限定特別純米酒」『五薫』と墨書した半紙が揺れている。迷わず一合を所望した。肴は青唐辛子入り蕎麦味噌、さすがそば屋?の酒、何ともさらりとした美味しい純米酒だ。750円は高くない。しかもそばとの相性は抜群だ。そばはお品書のトップにある「箱そば」にした。酒が干される頃、元気な小太りの姐さんが、先ず、赤い二段の塗り鉢にナメコとトロロ、それに青の小皿にはリンゴ二切れを入れてのお持ち。店にはこの姐さん一人のみ、てんてこ舞いである。やゝあって、深い目の朱塗りの箱の本膳が届く。蓋を取り去り「どうぞ」ときた。横長の箱の真ん中に仕切りがあり、その手前にはやゝ白めの二八の機械打ちの細打ちが3玉、真ん中の玉には太切りの海苔がたっぷり乗っかっている。向かい左の仕切りにはそばつゆの入った徳利、中と右の仕切りには、薬味の葱と大根下ろし、揚げた海老と獅子唐、鰊の含め煮と出汁卵、そして出色は、陶製の下ろし金と2寸強の生山葵、それに蕎麦猪口でなく朱塗りのそば椀、豪華である。隣のアベックはと目を移すと、件の「板そば」、杉の板箱に6玉、一昨日が思い出された。箱そばは具が多く、もう一軒がなければもう一献だった。[箱そば 1,100円、板そば 2,100円、ざる 600円、天ざる 1,600円、五薫一合 750円 ] 秋には松茸そば、冬には舞茸そば、春には山菜天ざる、すべて主人の採取か栽培、蕎麦も栽培して混ぜて使っているとか。うどん、ラーメンもあるが、目を瞑ろう。
●梅そば(山形市東原町三丁目 5-10)
 梅そばは休みかもと思い山長のカミさんに聞くと、「梅さん」は今日やってますよと。山長さんを出て、道を真っ直ぐ東へ、炎天下、流れる汗を拭きながらかれこれ15分、やっと東原町、看板も見えてきた。鉄筋2階建て、1階入口前は駐車スペース、4台は止められようか。創業は江戸末期とか、今の亭主は4代目、弟さんは神田やぶで修行し、兄と共同でやっているという。玄関は東と南の二方からという変則入口、南から入る。と、正面にガラス張りの広い打ち場、電動石臼もある。山形という地は、ほとんど鈴木製粉と聞いていたのに、さては異端か、石川では極めて当たり前のことなのにと感心する。椅子席12、座敷4卓16人、BGM にバッハの無伴奏チェロ組曲が流れている。日により替えるのかなと思う。部屋はどちらかというとモダン、でも落ち着いた雰囲気、和紙を上手に使ってあるのに感心する。程なく背のすらりとした美形がお現れになった。弟さんの奥さんとか。実に美形、来た甲斐があった。「ご注文は」に先ずビール、恵比寿のみ。次いで、やはりお品書の出色のお勧め「二色せいろ」をお願いする。汗をかいた後のビールは格別だ。つまみは山海月の胡麻和え、本来は酒の菜、酒にすりゃよかった。と、ここにもあの「五薫」があるではないか。しかも一合500円、山長は750円、何故だ。「ところでこのお酒は何処の」と聞くと、山形のそば屋10軒が出資して「そば処山形の限定純米酒のそば屋の酒」を造ったのだと、実にそばに合った素晴らしい酒だ。「二色」がきた。丸い朱塗りの曲げせいろの左半分に極細の更科、右にやはり極細の季節の青紫蘇切り、清々しい。此処でもトイチだそうだ。当然すべて手打ち、何処ぞの無くなれば閉店とは違って、追い打ちしますとか、天晴れである。芸術品である。何とも素晴らしい。ここの「板」も美味しかろうなあ。電車の時間が迫ってきた。後ろ髪を引かれる想いで、店を後にする。 [青じそ切り 1,200円、二色せいろ 1,000円、二色せいろ天 2,100円、もりせいろ 700円、大もり 1,000円、細打田舎せいろ 900円、天せいろ 1,700円、板そば 2,000円、大板そば 3,000円、甘味そばぜんざい 400円、冷しわらび餅ぜんざい 400円、そばがき 900円 ] 蕎麦前の友 [汲み上げ湯葉 300円、にしん煮 600円、てんぷら 1,100円 ] 冷酒(300ml入り) [大吟醸東北泉 1,800円、純米吟醸夢がたり 900円、吟醸酒銀嶺月山 800円 ] 季節のそばには、青紫蘇のほか、桜、蓬、茶、菊、柚子など、但し紅花はないと。 営業は午前11時30分から午後8時まで、定休日は火曜日。

[後記]
 訪ねようと思って定休日だった萬盛庵は、山形市旅籠町に大正4年(1915)に高井吉蔵氏によって創業された老舗である。2代目の高井利雄氏は昭和35年(1960)12月11日に「山形そばを食う会」を発足させ、爾来月1回、毎月第2日曜日に萬盛庵で蕎麦前と蕎麦料理と蕎麦とで会を重ね、同業者はもとより、一般の方も会員となって四十有余年にわたって続けられてきた。しかし主催者の高井利雄氏が病気になり、会は平成17年(2005)12月11日の第529回をもって突然中止となり、また氏の死去により、平成21年(2009)8月20日をもって萬盛庵は閉店となった。

0 件のコメント:

コメントを投稿