2015年11月20日金曜日

石川とその周辺の「猿」の名が付く山々

 来年の平成 28 年は丙申 (ひのえさる) の年である。そこで、「申」に因んで「猿」の字が付く山々を思い浮かべてみた。すぐに思い付いたのは、金沢の市街地からもよく見える「猿ヶ山」、白山の北方稜線の山々からは庄川を隔てて指呼の間に見える「猿ヶ馬場山」、それに能登での雪割草の大群落地として知られる「猿山」である。その外にも何かないかと日本山名事典 (三省堂) と日本山名総覧 (白山書房)をあたってみた。すると、富山県に「猿倉山」、福井県に「猿塚」、石川県に「猿矢山」というのが見つかった。両書によると、国土地理院発行の地形図に記されている山名で、日本で「猿〕が付いている山が 60 山、「申」が付いているのが7山あるという。以下に以上の6山について紹介しようと思う。
〔1〕猿ヶ山(1448m) 越中の山
 石川県金沢市にある日本三名園の一つの「兼六園」の小立野口を出ると、小立野通りの向こう正面になだらかな山容の山が見えるが、この山が猿ヶ山である。加賀平野から見ると、双耳峰の医王山 (939m) と加賀富士と称されている大門山 (1572m) の間に見える。一見石川と富山の県境の山と思われがちだが、富山の山である。大門山の登山口でもあるブナオ峠 (980m) を逆方向の北へ辿ると、大獅子山 (1127m) を経て尾根伝いに猿ヶ山へ行くことができる。途中まではネマガリダケが繁茂していて、小径が分かりにくい箇所もある。春にはこの辺りへは煤筍を採りに人が訪れる。なだらかな尾根筋で、頂上付近にはツバメオモトの群落が見られる。尾根をさらに北へ辿ると、三方山 (1142m) から袴腰山 (1163m) に至る。この袴腰山の下には、東海北陸自動車道の袴腰トンネルが通っている。 
〔2〕猿ヶ馬場山 (18875m)  飛騨の山
 庄川右岸の岐阜県白川郷にある飛騨高地の最高峰で、日本三百名山である。なだらかで広大な山頂をもち、両白山地の格好の展望台となっている。だから逆に、岐阜と石川の県境となっている白山 (2702m) から大門山 (1572m) に至る北方稜線のどの山からも、この山を庄川を挟んだ東方に見ることができる。中で最も至近なのは妙法山 (1776m) である。この山へ直接登る道はないが、近年切り開かれたとの情報もあるが不明である。残雪期には、北東方向にある籾糠(もみぬか)山 (1744m) や、南東にある一等三角点がある白山の遥拝所でもある御前岳 (1816m)) から、尾根伝いに容易に行ける。そしてこの山の下には、東海北陸自動車道の日本では2番目に長い、難工事でもあった隧道の飛騨トンネルが通っている。さてこの山の西には前衛峰である帰雲(かえりくも)山 (1622m) がある。この山は天正 13 年 (1585) の白山大地震の折に山崩れを起こし、山麓にあった内ヶ島氏の帰雲城を一夜にして埋めつくし、一千戸もあった城下町と数千の人馬が地底に葬られたことで知られている。国道 156 号線の白川街道を通ると、庄川沿いの道路に帰雲城跡の標識が立っている。
〔3〕猿山 (381m)  能登の山
 能登半島の奥能登丘陵の北西端、日本海に面する 200m の断崖の上にある。一帯はスハマソウ (雪割草) の群生地として大変よく知られている。西には海に面して猿山岬灯台がある。登路は北からは門前皆月から娑婆捨峠を経て、南からは門前深見から欣求(ごんぐう)峠を経て辿ることができる。雪割草の開花期の頃には大勢の人で賑わう。
〔4〕猿倉山 (345)  越中の山
 富山市大沢野にあり、飛騨山地の北端にある小佐波(おざなみ)御前山 (754m) から北西に延びる尾根の
末端にあり、西麓には神通川が流れていて、すぐ下流には神通川第二ダムがある。神通川沿いの左岸には国道 41 号線が通っているので、ダム近くからは対岸の右岸にこの山を望むことができる。山には風力発電の施設があり、北麓には猿倉山スキー場がある。
〔5〕猿塚 (1221m)  越前の山
 両白山地の南端に広がる越美山地、その福井と岐阜の県境近くに平家岳 (1442m) がある。この山は九頭竜川上流のダム堰止湖の九頭竜湖の南に位置していて、福井側から登路がある。この山は北へ2本の尾根が延びているが、その西側の尾根の中程に猿塚がある。登路はない。
〔6〕猿矢山 (381m)  能登の山
 輪島市街の東にある山で、南に尾根を辿ると、奥能登丘陵の最高峰で、航空自衛隊のレーダー基地がある高州山 (570m) に達する。輪島港に立って東に高州山を望むと、左へ連なる尾根の稜線上に見える。登路はない。

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