2011年9月16日金曜日

石徹白への旅と話(続)

(承前)
『かつての修験道』:昔修験者が辿った修験道は一般の禅定道とは異なり、長滝白山神社からすぐ裏手の山に登り、西山、毘沙門岳、桧峠、大日ヶ岳、芦倉山、丸山と尾根筋を経て、神鳩社で一般参拝道と合流していた。長い尾根の途中には、神鳩社までに10の宿があったという。
『石徹白の室堂』:「民宿おしたに」の裏手からは、山の斜面の上の方に大師堂の基部が見えている。大師堂へは行かなかったが、その手前に倉庫のような建物があり、これは昔の白山の室堂を模して作られた宿舎だという説明を受けた。
『石徹白から市ノ瀬へ日帰り往復』:まだ旧の白山温泉があった頃、石徹白川で採れた岩魚や天魚(アマゴ)を、笠場峠を越えて白山温泉にまで日帰りで運んでいたという。三ツ谷へ出たというから、六本桧か杉峠越えをしたのだろうか。
『石徹白から室堂へ』:夏場なら、石徹白を朝5時に発てば、室堂には午後3時には着ける。
『室堂詰め』:室堂勤務初めの頃は、5月の春山に入って、秋山の11月まで山に居た。この間石徹白へ下りるのは3回程度。いつか11月に帰る時、ドカ雪で弥陀ヶ原で肩位のこともあった。困ったのは中飯場で車が埋まったことで、あの時はブル先導で下りた。その後鴛谷さんが居るときに、開設期間を現在の10月15日までと決めたそうだ。現在職員が室堂に入るのは、5月の連休と7月1日~10月15日である。
『奥宮の社殿焼失』:以前の奥宮社殿は落雷で全壊した。当時鴛谷さんは室堂に居て、灯油1缶を持って行き、檜の柱と銅版以外は全部社殿のあった場所で燃やしたという。檜の柱4本は後日白山比め神社へ届けたが、それは表札にされて氏子に配られたとかで、大変喜ばれた。現在の奥宮の社殿は、その後に再建されたものである。
『御前峰の方位盤』:以前あった方位盤は、山崎さんが一人で担ぎ上げ、それは語り草になっているが、その方位盤は落雷で無惨な姿になった。これは私も見ている。その後鴛谷さん達が中部電力と掛け合ったところ、再び方位盤を寄進して頂けることになり、出来上がった方位盤も中電のヘリで運んで頂けた。土台も新しく造り替えられた。
『森君のこと』:彼は金大山岳部の後輩で、3月に本隊の白山主脈縦走の激励に白山へ出向いたが、室堂手前の五葉坂で猛烈な吹雪に遭い、現役の一人と共に凍死した。5月になり、かの方位盤の山崎さんから遺体発見の連絡が入り、すぐに現役とOBとで隊を編成し収容した。遭難した場所には碑が置かれていて、鴛谷さんは折に触れてお参りしたと話されていた。坂に向かって右(東)に少し入った場所だったが、今は碑は撤去されて無い。
『コマクサ』:白山のコマクサは大汝峰のガレ場に植栽されているのは知っているが、鴛谷さんでは御前峰の転法輪岩屋下のガレ地にも植わっているという。これにはリキさんが噛んでいるが、鴛谷さんも協力したと言われ、これにはびっくりした。
『オオシラビソとクリ』:鴛谷さんの家の前庭には針葉樹があり、家内に何かと聞かれ、モミじゃないかと言っておいたが、後で鴛谷さんに聞くと、オオシラビソ(アオモリトドマツ)とのこと、52年前に白山から持ち帰った種子を蒔いたもので、ここが育つ限界の標高だとかだった。葉を揉むと、懐かしい独特の香りがした。またその近くにクリも植わっているが、実が熟する頃には、熊が栗の実を食べに来ると話されていた。
『野伏ヶ岳(300名山)』:この300名山には夏道がなく、残雪期にしか登れないので、3月4月は登山者が多い。スキー、ボード、スノーシュー、かんじき等、歩行具はいろいろだが、春の一日、私が案内してゆっくり往復できるので、喜ばれている。
『そのほか』:いろんな話が出たが、お酒の席の部分もあり、またメモしたわけでもないので、定かではない。翌朝も朝食が終わって、囲炉裏を囲んでいろんな話をした。沢山の人の名前が出たが、知っている人もあり、知らない人もあり、様々だ。家内に促されてようやく腰を上げた。帰り際に、奥さんから手製の精巧な可愛い草履のストラップを頂いた。
 今日は月曜日、もう道路では工事が始まっていたが、なんとか通してもらった。それにしても、他家の駐車場を通らないと出入りできないというのは、何ともけったいな具合だ。
● 長滝白山神社・白山長瀧寺
 昨日通った国道314号線を300m上って桧峠(960m)へ、さらに400m下って国道156号線に出る。そして少し南下すると、道の駅白鳥があり、ここからも歩いて行けるのだったが、知らずにもう少し走って、長良川鉄道はくさんながたき駅裏の駐車場に車を停める。参道を長滝白山神社へ向かう。両脇には、現存の三坊院や古の坊院跡がある。社務所で御朱印を貰い、隣の瀧宝殿を拝観する。ここには白山長瀧寺所蔵の国重要文化財の木造釈迦三尊像(中央に釈迦如来、左に文殊菩薩、右に普賢菩薩)、その両脇には、やはり白山長瀧寺所蔵の国重要文化財の木造四天王立増(多聞天、広目天、持国天、増長天の四像)が置かれている。境内で往時の隆盛を偲ぶが、今は加賀馬場であった加賀一宮の白山比め神社の方が、はるかに活気がある。
● 白山やまぶどうわいん・白山ワイナリー
 国道156号線を更に南下し、白鳥から国道158号線に入る。ここには中部縦貫自動車道が出来ていて、トンネルと高架ループで峠越えをしなくてよいことになっているが、あえて油坂峠(870m)へ向かう。そんな物好きはいないと見えて、会った車は1台のみ、往年の安房峠越えを想う。でも峠を越えると程なく新しい自動車道に合流した。九頭竜湖の湖岸沿いに走るが、ずっと追い越し禁止区間、昨日覗いた道の駅九頭竜には寄らずに走り続ける。日本百名山荒島岳の麓の勝原(かどはら)を過ぎて平野部にかかってからは、表示に従って走る。国道からは5分とあったが、そうは行かない。行き着いた先はこじんまりとした2階建て、その2階に商品が置いてあり、試飲もできるが、私も家内もパスした。折角来たのでやや辛口の白山ブランというのを求める。山ぶどうワインは甘口なのでやめた。
● あまごの宿
 昼食はかねて行きたいと思っていた「あまごの宿」にする。初めは「あまごの里」と思っていたので、ナビでは検索できず、ドラッグストアで訊いたら宿と分かり、行き着くことができた。国道416号線に入り、行き止まり直前の横倉に目的の店はあった。広大な敷地、パノラマで見ると、32基もの八角形の養殖施設があり、山の際でもあり、常時清冽な谷水が供給されている。アマゴ(天魚)はサケ科サケ属の渓流魚、日本古来の在来種で、「渓流の女王」と呼ばれている。一方のイワナ(岩魚)はサケ科イワナ属の渓流魚、渓流の最上流に生息している日本古来の在来種で、「渓流の王様」と呼ばれている。
 コース料理は6段階あるが、下から2番目の3千円にする。内容はアマゴの造り、塩焼き、天ぷら、甘露煮に、酢の物、山菜、吸い物、御飯で、飲み物は生中と一本義(勝山の酒)の「ひやおろし」にした。家内は川魚は得手でなく、山菜が主の野菜天と細麺の冷しかけにノンアルコール。中ではアマゴの造りが逸品だった。味もさることながら、淡い橙色が素晴らしかった。帰りに宿から3ℓもの美味しい水を土産にもらった。割り水にして下さいとのこと、有り難く頂戴した。
 宿の女将では、神戸の人で、毎春一度はここで泊まり、越前甲へ登り、条件が良いと大日山まで行く人がいると話していた。私の美濃禅定道に付き合ってくれる宮川さんもこの間来たと話していた。登るにはここ以外にはない。
 帰りは家内の運転、勝山までは戻らず、龍谷交差点を左折し、栃神谷で国道157号線に出て、白峰経由で家へ、途中額谷墓苑の三男の墓へ寄った。

0 件のコメント:

コメントを投稿