2011年9月8日木曜日

大型ノロノロ台風来襲の日、展覧会とそばと音楽会(その2)

● OEK第310回定期公演(ファンタジー・シリーズ)
 本来この第310回定期公演は、11月3日にショパン作曲ダグラス編曲のバレー「レ・シルフィールド(風の精)」が予定されていたが、福島原発の事故の煽りで来日中止となり、この時期に来日予定だった「ウィーンの歌姫」こと中嶋彰子(ソプラノ)とマティアス・フレイ(テノール)とピアノ伴奏ニルス・ムースの演奏会に変更となった。特にこのバレエ公演は期待していて、ぜひ観たかったのだが、来日中止ともなれば、どうしようもない。原発事故は思わぬところにも重い影響をもたらしている。
 さてこの日はニルス・ムースがOEKを指揮した。この指揮者の名を聞くのは初めてだが、彼はデンマーク王立音楽院、カリフォルニア州立大学で指揮を学び、1992~1999年まで、インスブルック・チロル歌劇場で第1指揮者を、1999~2003年まではウィーン・フォルクスオーパーの正指揮者を勤め、ベルリン交響楽団でも客演指揮をしている。
 ソプラノの中嶋彰子は1990年の全豪オペラ・コンクールに優勝し、シドニーとメルボルンの両歌劇場と契約、その後1992年のヨーロッパ国際放送連合年間最優秀賞を受賞、1999年にはドイツ・オペルンベルト誌年間最優秀新人賞を受賞し、同年ウィーン・フォルクスオーパーと専属契約している。これまでオペラ以外でも、メータ、マゼール、小澤征爾らの指揮で各国のオーケストラと共演している。
 テノールのマティアス・フレイはミュンヘン工科大学で建築を学んだ後、ウィーン・コンセルトヴァトリウム私立音楽大学で声楽を学び、現在も研鑽を積んでいる若手である。
 この日のプログラムはウィーンにまつわる楽しい音楽、冒頭はシュトラウスⅡ世の喜歌劇「こうもり」序曲、太った体躯に似合わず軽やかに、しかもダイナミックな指揮をして楽しませてくれた。この後、中嶋さんのインタビューでは英語で会話、彼女の英語は実に流暢で、ネイティブそのもの、指揮者は今日の曲目はみな手の内、皆さんと共に大いに楽しみましょうと仰ってますと伝えてくれた。
 次にテノールでモーツアルトの歌劇『コシ・ファン・テゥッテ』から「愛しい人の愛のそよ風は」が歌われたが、声は通るが、未だ歌い方は若いなあという印象を受けた。続いて中嶋彰子がモーツアルトの歌劇『ドン・ジョバンニ』から「何というふしだらな~あの人でなしは私を欺き」を歌った。聴いて、これは凄いと思った。今、ヨーロッパを席捲しているウィーンの歌姫と言われているというが、これは掛け値なしで本当だと思った。イタリア語の綺麗な発音は勿論のこと、歌唱力、声量、声の艶、どれも卓越していて、実に素晴らしかった。久しぶりに感動した。そして小柄ながら妖艶、しかも演技力も抜群だという。
 両名が歌っている間、指揮者は指揮をしながら歌を口ずさんでいるような仕草、やはりもうこれらは手の内なのだろう。だから余裕の指揮振りだ。次いでシュ-ベルトの歌劇『ロザムンデ』から間奏曲第3番アンダンティーノ、間奏曲の中では最もポピュラーな曲、楽しく聴けた。この後中嶋さんはマティアス・フレイにもインタビュー、今度はドイツ語でのやり取り、彼女は英語、ドイツ語、イタリア語に堪能とか、素敵な才女である。
 次いでニコライの『ウィンザーの陽気な女房達』から「さあ早くここへ、才気、陽気な移り気」、今度は歌詞はドイツ語、実に聴いていて楽しい歌い手だ。好色漢をやっつける場面が彷彿とする艶のある歌い方、さすがである。前半の最後はベートーヴェンの序曲「レオノーレ」第3番、3曲ある中では最もよく演奏される曲、指揮者が指揮を楽しんでいる様子が伝わってくる。
 休憩を挟んでの後半はウィーンの音楽、冒頭はモーツアルトの歌劇「魔笛」の序曲、筋書きがハッピーエンドだと、序曲も明るく、楽しく聴ける。またスコアなしで指揮に専念できるということは、実に素晴らしいの一言に尽きる。
 次いでテノールで、シュトラウスⅡ世の喜歌劇『ヴェネツィアの一夜』から「来たれ!ゴンドラ」、彼は3階の客席から歌っているのだが、声は音楽堂全体に響き渡って、すごく声量があるように聴こえた。音楽堂の構造によるものなのか、少なくとも舞台で歌っているのとは全く別人のような響きだった。そして済んだ後、あっという間に舞台まで下りてきたのは驚きで、この時の拍手は凄かった。
 そして次はソプラノで、レハールの喜歌劇『メリー・ウィドウ』から、あの有名な「ヴィリアの歌」、情感が前面に出た歌いに、場面の情景が目に浮かび、目頭が熱くなってきて涙が落ちそうになった。こんなに心を込めて歌い上げるとは、大した歌手だ。終わって再び指揮者とお喋りをする。この日は聴衆の入りが8割くらいで、舞台から見ると櫛の歯が抜けたように見えるだろうに、来場者に謝意を表するなど、なかなかできることではない。ただ、彼女も日本へは公演の時くらいしか帰れなく、日本語とは疎遠になっているからなのだろうけれど、次に演奏される "Kaiserwalzer"の "Kaiser”は日本語では何というのと聴衆に聞いたのは、おとぼけに映った。これは後でシューベルトの歌曲集でも、同じような聞き方をされたが、本当なのかなと訝った。それは日本語訳では「美しき水車小屋の娘」として知られている歌曲集のことである。
 そしてシュトラウスⅡ世の「皇帝円舞曲」、シュトラウスのワルツの中でも大変よく演奏される曲だ。次いでデュエットで、ジーツィンスキーの「ウィーン、我が夢の街」、やはり彼女がリードする。でも息の合った、踊りも交えての二重唱は、見ていて聴いていて楽しかった。終わって、彼は楽屋からシャンパンの中瓶を持ち出してきて、勢いよく栓を抜き、彼女が持つ盆のグラスに注ぎ、どうするのかと思ったら、客席へ下りて客に提供、7人が恩恵に浴していた。これは次に演奏されるロンビの「シャンパン・ギャロップ」の前座だった。
 彼女の演目最後の曲は、レハールの喜歌劇『ロシアの皇太子』から「誰かが来るでしょう」、これも情感がこもった歌いだった。そしてオーケストラの酉は、シュトラウスⅡ世のポルカ「雷鳴と稲妻」、パーカッションの乗りがよく、実に凄い盛り上がりだった。今日の演奏曲目はすべて十八番なのだろうけれど、最後にこの曲を持ってきたのは、やはり意図してのことだったに違いない。楽しかっただけに、もう少し聴衆が多かったらと悔やまれる公演だった。
 一通り公演が終わって、独唱者二人と指揮者が何回か挨拶に出た。聴衆はアンコールを期待してか、拍手は鳴り止まない。時間はもう30分近くもオーバーしている。すると彼女が、明後日にここの邦楽ホールで、指揮者のニルス・ムースのピアノ伴奏で、私達二人のデュオ・リサイタル「金沢歌曲の夕べ」をしますので、皆さん聴きに来て下さいと。そして彼女はアンコールに日本の唄を歌った。曲名は知らないが知っている歌で、「恋はやさし、野辺の花よ、」を歌った。ところが外国人が歌っているような、日本語としては違和感のある感じの歌い方になっているのには驚いた。日本語を喋っている分には全く違和感がないのに、こと歌になると違っていた。また指揮者も公演はすべてスコアなしだったのに、この歌ばかりはそうも行かないらしく、スコアを見ながらの指揮だった。終わってコンサートマスターが次のアンコールのパートを出したので、もう1曲あるのかなあと思ったが、時間がかなり超過していたこともあり、3回挨拶の後は、サヨナラをして公演は終わった。

[閑話休題]
 こうして金沢では、9月3日は台風の影響も少なく、無事に過ぎたが、熊野川流域では、未曾有の降雨に伴う土砂災害と洪水とで、未曾有の甚大な被害が出た。また死者と行方不明者は近畿南部を中心に百名を超え、台風被害としては、平成に入っての最悪の状況となっているとか。死者・行方不明者の多くは、急峻な山間での深層崩壊や土石流による家屋の崩壊や流出、また土石流の河川への堆積による流路の変更による家屋の流出等で、特に奈良県十津川流域は、一本しかない道路の国道168号線が、何箇所も土砂堆積や決壊、橋梁の流出で、現地へ入ること自体難しく、かつ電気、通信も途絶している。現在水、食料は自衛隊ヘリによる供給に頼らざるを得ない状況とか、総力挙げての1日も早いライフラインの復旧が望まれる。

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