(承前)
・1月2日 年賀状拝見
賀状が届いたのは元旦の午前10時過ぎ、この日は慌ただしくてとても見られなかったが、翌2日には家内と二人でゆっくりと見ることができた。例年だと3組ばかり年賀の客があるのだが、来る方の体調が不良だったり、こちらでまたの機会にとお願いしたりしたこともあって、この日は家内とゆっくりできた。今年用意した年賀葉書は430枚、うち喪中の案内が30通、年賀状は400枚だった。しかし喪中で年賀欠礼案内は出しますが、年賀状は頂きたいという方が4人あって、この日に年賀状を差し上げた。近頃は77歳 (喜寿) とか80歳 (傘寿) になったとかの年齢の区切りや、職を辞したのを区切りに年賀状のやり取りを止めるとか、あるいはブログで年賀挨拶を済ませるとか、それはそれで尊重しようと思う。私の家でも十年前頃までは六百枚位出していたが、今はその3分の2になった。
・1月5日 山岸隆さんからの賀状
蕎麦「やまぎし」は12月31日をもって閉店したこと、そして3月下旬には生まれ故郷の旧鳥越村左礫で再会の予定だとのこと、びっしりと全文毛筆で書かれていた。そしてあの人らしく、限界集落の創生に一役買いたいという強い思いがひしひしと感じられた。ぜひ春になって開店されたらお邪魔したいと家内と話し合った。
〒920−2353 石川県白山市左礫町 2−55 携帯 080−8997−7714
・1月10日 成人の日を明日に控えた日曜日の午前
この日は午前10時から町内会の左義長、午後2時から野々市市の成人式、午後4時には親戚訪問と時間刻みで動くことに。午前8時半には2丁目の左義長で使う孟宗竹を私の家の竹薮から切り出した。今では野々市市本町で竹薮のあるのは2軒ばかりで、私の家の竹薮からは、毎年町内会の左義長と本町公民館での七夕祭には孟宗竹を提供している。左義長も昔は小正月の1月15日にしていたものだが、今は日曜日にするようになって久しい。
竹を切り出して、正月の飾り物を外し、雑煮を食し、左義長に飾り物を出し、故三男のお墓にお参りし、その後何となく「そば」を食べたくなり、11時過ぎに「亀平」へ寄った。いつもの年だと、かほく市白尾で父と兄がやっている「龜屋」へ行くのだが、今年は弟がやっている金沢市新神田にある亀平に寄った。摘みに漬物、野菜天、焼味噌、出し巻き玉子、飲み物には「立山」300 ml、締めに「二色せいろ」と「鴨せいろ」を頂いた。この店この頃はいつもお昼は一杯で、時間が遅いと入れないこともしばしばである。この日は満足して家へ帰った。
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