2012年8月28日火曜日

念願の白山美濃禅定道を下る[一日目]


後期高齢者とはよく言ったもので、登山にしろスキーにしろ、足の萎えをこの2年前から感じるようになった。このようなことには家内は敏感で、この計画は無理だと言い出す始末。しかし永年の念願なので、とにかく8月20日(月)に南竜山荘に入り、21日(火)に石徹白へ下ることを、サポートしてくれる前田・宮川両氏に伝えた。それで家内には、初日に別当出合から砂防新道を経て室堂に行き、御前峰に登拝して、トンビ岩コースを南竜山荘へ下るが、この時点で障害が出れば、翌日の石徹白への下山は断念する。また翌日に油坂峰までにトラブルがあれば南竜へ引き返す。それが別山であれば、千振尾根から下山する。それが三ノ峰であれば、避難小屋で泊まるか、鳩ヶ湯へエスケープする。銚子ヶ峰であれば、神鳩ノ宮避難小屋で泊まる。という話をした。彼女は私と千振ー別山ー南竜のコースは順も逆も何度か通っている。ということで漸くゴーのサインが出た。


8月20日(月)
 午前4時きっかりに前田車が到着した。この山旅をエスコートしてくれる宮川氏も同乗している。登山の最盛期には月曜の正午まで交通規制がかかるのだが、今日は別当出合まで入れるとかで、5時10分には別当出合手前のゲートに着いた。支度をした後に前田氏が写真を撮ってくれたが、私はどうも元気がないと言う。それかあらぬか、出立前に二度も握手をしてくれた。私は山は今年初めてである。宮川氏は上背もあり、私より一回り若く、元気である。ゲートから別当出合の休憩舎まで15分ばかり、いよいよ出立である。
 彼の「ゆっくり行きましょう」という声に甘えて、マイペースで歩く。もう以前のように抜かれることに対する抵抗は全くなくなっている。出足の2009年新設の坂の急登を経て中飯場、そして別当覗へ、この辺りにはまだセンジュガンピが咲いている。さらに2007年に付け替えられた径を辿り、程なく2010年に新築された甚之助小屋に着く。ここまで別当出合から丁度2時間、彼は標準タイムだと慰めてくれる。小休止後、尾根筋を南竜道分岐へ、この時期ハクサントリカブト、サラシナショウマ、ミヤマアキノキリンソウ、ヤマハハコが見られる。
 ここから二の坂、三の坂を経て、十二曲りへと径は斜上する。まだ花がk多い。ハクサンフウロ、シモツケソウ、」イブキトラノオ、マルバダケブキ、タカネナデシコ、モミジカラマツなど。砂防新道は水が豊富で、水を持参してなくても大丈夫だ。沢の冷たい水で喉を潤す。十二曲り手間の沢も水が豊富だ。そしていよいよ急登、まだニッコウキスゲも少しだが残っている。途中の延命水も飲まずには通り過ぎられない。やがて黒ボコ岩、そして弥陀ヶ原へ、観光新道にしろ砂防新道にしろ、御前峰はここへ来て初めて拝むことができる。まだ水屋尻雪渓も残っている。それにしても弥陀ヶ原はチシマザサの原に変わってしまった。わずかにウラジロナナカマドのみが点在している。あと100mの上り、五葉坂を上りきると室堂だ。別当出合を出てから4時間4分、3時間を切った頃が偲ばれる。
 室堂で小休止し、ザックを置いて御前峰へ、室堂平にはイワギキョウやハクサンフウロが乱れ咲いている。オンタデも多い。整備された石段道を頂上へ、青石は地上界と天上界の境とされ、ここで3分の1、そしてやがて高天ヶ原、ここで半分、眺望も良くなり、程なく白山比め神社奥宮へ着く。室堂から丁度40分、お参りの後頂上へ、ガスが湧いてきて大汝峰は霞んでいる。頂上に陣取って食事をしているアベックがいる。早々に室堂へと下りる。次々と登ってくる。下りに27分を要した。小憩の後トンビ岩コースから南竜山荘へ向かう。途中チングルマが咲き誇っている場所があったが、遅くまで雪渓が残っていたためだろう。でも大部分は稚児車になっている。室堂から1時間5分、12時40分に山荘に着いた。この日の累積標高差は、上り1435m、下り640m。この分なら明日は別山越えは出来そうな気がする。ビールと焼酎で喉を潤す。宿泊客は十数人とこの時期にしては少ない。中に岐阜の若者で上小池から登り、明日は御前峰へ行き、別山越えして登った径を下りるという人と同宿になる。三ノ峰と別山の間は草が繁っているとか、南竜の管理人では来週三ノ峰まで草刈りをするとか、もう少し早くにしてほしいものだ。
 夜は満天の星、月は四日月か、明日は好天なのだろう。

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