2011年12月6日火曜日

「シンリョウのジュッカイ」 (3)

●「坂の上の雲」を見て頭に去来した唄など
 NHKのテレビドラマ「坂の上の雲」の第三部が始まった。これまでと同じように師走の日曜日の午後7時半から9時まで、ドラマは4回にわたって放送される。第一部と第二部の総集編も11月最後の土曜日と12月最初の土曜日に放映された。予告でも知らされていたが、第三部は日露戦争のハイライトである旅順攻略と日本海海戦がメインになるのだろう。すると主役は乃木希典と東郷平八郎、それに秋山好古と秋山真之ということになろうか。12月4日の日曜日はその第1回、この日の夕方には木村家の御十夜(浄土真宗でいう内報恩講)があり、次男と三男の家族が揃ったので、久しぶりの会食、飲みながら食べながら1時間半のドラマを見た。丁度この日は亡くなった三男の誕生日でもあった。この日のクライマックスは旅順要塞の奪取に非常に大きな犠牲を払った場面、真っ当な正面からの攻撃が全く通じないという悲壮感がリアル感をもって映し出されていた。だが同じ手法での作戦の繰り返しで、6万人もの死傷者を出したことに対し、司馬遼太郎は「名将」乃木を「愚将」として扱っている。でもそれはともかく、何よりもドラマに出てきた人たちや地名にすごく懐かしさを覚えた。人では、大山巌 満州軍総司令官、児玉源太郎 満州軍総参謀長、乃木希典 第三軍司令官、アレクセイ・クロパトキン ロシア軍総司令官、土地では、旅順、二〇三高地、遼陽などである。
 クロパトキンと乃木の名を聞いて思い出したのが、次の尻取り唄である。

「ジャーマノシゴトハナンジャッタ タカシャッポ ポンヤーリ リクグンノ ノギサンガ ガイセンス スズメ メジロ ロシヤ ヤバンコク クロパトキン キンノタマ マケテニゲルハチャンチャンボウ ボウデタタクハインコロシ シンデモカマワンニッポンヘイ ヘイタイナランデトットコト トヤマノサンジュウゴーレンタイ タイホウイッパツドン ドンガナッタラヒルメシジャ」。 これを繰り返すのである。

 これを区切りを入れないで唄う唄い方もある。この唄、こちらの方言も入っているし、富山の第35連隊も出てくるから、金沢辺りが起原の尻取り唄なのではなかろうか。当時は皆誰でも唄えるほど敷衍していた。
 もう一つことのほか懐かしく思ったのは「遼陽」の地名である。この地名が出てきたのは児玉満州軍総参謀長が遼陽から第三軍の司令部へ寄った場面だった。乃木第三軍司令官が旅順要塞を攻めあぐね、徒に死傷者が続出しているのを見かねての出馬、作戦変更により4日間で二〇三高地を奪取し、ロシア軍は降伏した。私が諳んじていた懐かしい歌は「橘中佐」という歌で、旅順攻略の前年の遼陽会戦でのことで、テレビドラマにその場面があったかどうかは定かではない。ドラマを見ていたとき、遼陽という地名を聞くや、突如としてこの歌が、頭の中で繰り返し繰り返し鳴り響いた。そして口ずさんだのが次の歌詞の歌である。

 一、 遼陽城頭(じょうとう)夜はたけて  有明月(ありあけつき)の影すごく
    霧立ちこむる高梁(こうりょう)の  中なる塹壕(ざんごう)声絶えて
    目ざめちがちなる敵兵の  胆(きも)驚かす秋の風
 二、 我が精鋭の三軍を  邀撃(ようげき)せんと健気(けなげ)にも
    思い定めて敵将が  集めし兵は二十万
    防禦(ぼうぎょ)至らぬ隈(くま)もなく  決戦すとぞ聞こえたる

 この闘いで橘少佐は戦死するが、その勇猛果敢ぶりが全軍を鼓舞し、この戦いを勝利に導いたとされている。陸軍では橘中佐、海軍では広瀬中佐が軍神として崇められた。この歌は全部で19節あり、橘大隊長が戦死するまでを物語風に綴っている。

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