2010年11月22日月曜日

訪れた山の秘湯では源泉水を高台までアップしていた

 信州は山の国、温泉も数え切れない程沢山あり、これは私が住む石川県の比ではない。また秘湯というと、山の中にぽつんとある一軒家を思い浮かべるが、正にその通りで、信州にはこの類の一軒のみの温泉も多く、それは山峡であったり、山奥であったり、時には車道が途切れて歩かねばならない処だったりする。
 この秋、家内と訪れたのは信州でも高台にある温泉で、そこでのんびり露天風呂にでも浸かって山でも眺めようという趣向である。家内とは定年になったら、二人であちこちの山に出かけ、そして山の出湯に浸ろうと、そんな山巡りをしたいと願っていたが、私自身脚力の衰えが目立ってきたこともあり、とても以前のような山行は無理になった。また家内の方も以前は私がバテてもシャンとしていたこともあったのに、どうも近頃は山歩きするとその後の体調が思わしくなく、結果として出かけなくなってしまった。そうならば山は眺めることにして、それで今回は温泉に浸りながら山を眺められるという条件を満たすような、しかも秘湯といわれる山の湯宿を物色することにした。
 信濃の国は周りが高い山で囲まれていることから、北信濃の長野盆地や中信濃の松本盆地からは、西に飛騨山脈(北アルプス)を眺められるし、南信濃の伊那盆地からは東に赤石山脈(南アルプス)、西に木曽山脈(中央アルプス)を仰ぐことができる。これらの盆地にも沢山の温泉があり、居ながらにして山々を眺めることは可能である。しかし里ではなく山の温泉にこだわった場合、山懐へ入ってしまうと、山間では山は見えても近くの山のみ、もし高い峰々を見たいと願望するとすれば、もっと高みまで上らないと眺望はきかず、今回はそういう高台にあって、しかもアルプスの山並みが見える秘湯と称される温泉をチョイスすることにした。
 そこで選択されたのが「中の湯温泉」と「奥山田温泉」で、前者は奥穂高岳や前穂高岳を眺められるし、後者は西穂高岳から小蓮華岳までの大パノラマを居ながらにして眺めることができる。いずれも標高1,500mを超える高地にある。ただこういう標高のところだと、10月には初雪を見る場所ともなる。

・中の湯温泉旅館(長野県松本市安曇中の湯4467)
 古くから岳人の湯、焼岳登山口の宿として知られ、梓川沿いにあったが、安房トンネル掘削工事のため閉鎖しなければならなくなり、平成10年春に現在地に移転し開業した。新しい宿の標高は1,580m、平湯からだと国道158号線の安房トンネルを抜けて直ぐ左手の安房峠へ行く旧国道に入り(ここが1号カーブ)、7号カーブを過ぎると左手緩斜面に宿がある。だから松本方面からだと安房トンネルに入る前に右折して旧道に入ることになる、1号カーブにゲートがあるが、ここから旧道を2.2km、標高にして200m上がると着く。この道路は、旧道に降雪があると、それ以降道路は閉鎖され、ゲートは閉められる。また降雪がなくても11月15日以降はゲートが閉められる。ただ「中の湯温泉」は通年営業なので、ゲートの施錠はない。バス利用の客は路線バスの「中の湯}バス停にある中の湯温泉案内所に行けば、迎えの車が来る。徒歩では40分位かかるそうだ。
 駐車場からはさらに10mばかり高みにある玄関にまで上がることになる。新築してまだ10年余り、木の香がしそうな玄関、日本秘湯を守る会のあのおなじみの提灯が下がっている。入ると広い広いロビー、山の宿とは思えないくらいモダンで、調度も立派な温泉クラス、でも外は原生林、総ガラス張りなので居ながらにして自然の中に居るような錯覚、左手には雪を纏った奥穂高岳、吊り尾根、前穂高岳、明神岳が見えている。そして正面には霞沢岳の大きな山体、高倍率の望遠鏡も置いてある。ゆったりとした空間でお茶を頂き寛ぐ。右手の林の、男性の露天風呂の先に小鳥の餌台が置いてあって、主人が言うには、今年は山では木の実が少ないので、ひまわりの実を置いておくと、次から次と小鳥が訪れ、それがロビーからも大変よく見え、これがまた心を癒す。本当に次から次と、その数は夥しい。主人では、今来ているのは、シジュウカラ、コガラ、ヒガラ、ゴジュウカラだという。野生の小鳥だが、後で露天風呂に入っていても、物怖じしないで寄ってくる。見ていて飽きない。
 部屋へ案内される。部屋は二階の「蓮華」、8畳で板の縁付き、ここからも穂高がよく見える。着替えて風呂へ行く。硫黄の匂いがする。内風呂は2槽あり、大きい浴槽は温かく、小さな浴槽は熱く、お湯はかけ流しである。ところがこのお湯は、元の泉源からここまでポンプアップしているという。泉源から何キロもお湯を引いている例は幾らも知っているが、アップするというのは初めて聞いた。主人では此処ではボーリングしてもお湯は出ず、元の泉源から引くことにしたと。道端に大きなタンクがあったが、これはお湯の中継点だそうだ。さて、露天風呂は内湯に匹敵する大きさ、温めで長く浸かっていても大丈夫だ。此処からも穂高が見える。そしてすぐ目の前に小鳥の群れ、入れ替わり立ち代り訪れる。結構なお湯だ。ただ後で聞いたのだが、女性の露天風呂からは穂高は見えないという。湯上りに秘湯ビールを貰う。陽も傾いて、穂高が紅に染まり始める。何ともいえない風情だ。明日は寒気の南下で寒くなり、午後は雨になるという。明日は誘われて上高地の閉山祭に行くことにしているのだが。夜の帳が下りると、外は漆黒の闇である。
 夕食は食堂のテーブルで、家内は生ビール、私は地酒を貰う。11品が次々と出てくる。一品料理に馬刺しを貰ったが、これが柔らかくて実に美味しかった。ここは急峻な地形、しかも公園内?とあって、天然の山の幸、川の幸は出ないが、素朴で家庭的な雰囲気だ。
 〔温泉情報〕源泉温度:55℃、温泉使用量:120ℓ/分、泉質:単純硫黄温泉、利用形態:かけ流し(加水・加温あり).

・奥山田温泉満山荘(長野県上高井郡高山村奥山田温泉3681-343)
 上高地閉山祭が終わって中の湯に戻ったのが午後1時半、そばをお願いしてあったが、職人が休みとかで食べ損ねる。もう時間もなく、高速道路に松本ICで上り、須坂・長野東ICで下りる。道路事情に疎く、ナビに従って行く。途中工事で通行止めがあり、迂回する。パンフではICを下りて45分とあったが、1時間くらいかかったろうか。山田温泉を過ぎると道は松川渓谷沿いになる。五色温泉を過ぎ、七味温泉への分岐から山へ分け入る。高度が増すと一面の雪景色、幻想的だ。着いたのは午後4時半頃、奥山田温泉には満山荘だけだと思っていたら、現在11軒も点在するとか、山の中、日が暮れる前に着けたのは僥倖だった。駐車場には私の車が入って満車状態、シンガリだった。
 宿の入り口は草庵風、玄関には日本秘湯を守る会の提灯と日本の秘湯・満山荘をデフォルメしたと思われる暖簾がかかっている。ここは標高1,550m、外は小雪がちらついている。入ると玄関にも帳場にもロビーにも人影がない。掛け声で宿の若い主人が現れた。勝手知ってる人だと、上がって帳場の上に釣り下がっている鐘を叩くというのだが、それは後で説明を聞いて分かったこと、ここには内線電話はないとのことだった。主人から囲炉裏で沸かしたお湯で入れたお茶を頂く。手続きを済ませて部屋へ案内される。部屋は和洋室の観山(みやま)館の一室、畳の部分には既に布団が敷かれている。窓は東向き、天気が好ければ雪を頂いた北アルプスが一望できるのに、雪とガスで視界は利かない。ここには新館と旧館があり、新館をお願いしておいたが、これが新館なのだろうか。
 作務衣に着替えて風呂へ行く。階段を下って行き着いた男風呂は、古いパンフに出ていた見覚えのある石組み、何でもここの親父さんが自ら選んで造ったという岩の内湯、ゴツゴツした感じがそれを物語る。露天風呂は切り石の岩風呂、ここも天気が好ければ、北アルプス連峰の山々を眺めながらの別天地なのだが、今日は真っ白な雪の世界を眺めながらの入湯である。お湯は真夜中の0時から朝の8時までは男湯と女湯が反転するとか、もう一方は朝早くに入ることにしよう。家内が出てくるのを展示室で待つ。
 展示室には図書や撮影機具、写真集、パノラマ写真、アルペンホルン等が置いてある。特に奥に飾ってある山田牧場からの北アルプス連峰のパノラマ写真は圧巻で、南北約80kmがくっきり写っている。眺めているとそこへ矍鑠としたご老体が敬礼してのご登場、特攻隊の生き残りとか。先ずはガラス製のアルペンホルンの説明、長さは2mはあろうか、吊り下げてあるのは触られないようにとか、何せスイスで大枚出して買ってきたもの、特に直管の部分を真っ直ぐに伸ばすのが大変という。この間何人もの人が挨拶する。聞くと皆さんリピーターで、京都の女性は年に3回、これまで37回、50回は来たいと仰る。群馬の男性も40回は来てるとのこと、それだけ魅力があるということだ。ここは家族での切り盛りという。
 話が温泉のことになった。ここは源泉かけ流し、でも泉源は松川渓谷の一角、そこから700mもお湯をアップしているとか、途中30箇所もの中継点があり、コンピューターで制御しているという。これまで7億円を投じたとか。この温泉組合には当時20軒が加盟していたが、今は11軒、この堀江文四郎さんは現在も組合長をされていて、お湯の管理も自身でされている。また雪形にも興味を持たれ、旧来の白馬岳の代掻き馬とか五竜岳の武田菱のほかに、爺ヶ岳に日本カモシカ、白馬鑓ヶ岳にアルプスの少女ハイジを発見、写真で見ると実によく似ている。
 夕食は食事処で、私たちはテーブルだったが、奥には畳の間もある。テーブルもゆったりしていて、隣りとは暖簾で仕切られている。ほぼ満席、夕食は「北信濃風いなか料理」、奥さん手書きのお品書き、大したものだ。品は13品、書いてある素材だけでも40近く、しかも創作料理、というけれど変な衒いはなく、見た目は実に新鮮、また色彩の配合が素場らしい。その上個性があって美味しいので、お湯もさることながら、料理でも人を魅せ引きつけてしまう。本当に驚いた。家内もリピーターになりそうだ。
 翌朝、天気は快方に向かうとはいうものの、ガスが薄れた程度、チェックアウトは11時とか、朝食後も部屋で寛ぐ。すると一瞬陽が射し、ガスが一瞬切れ、北アルプスが半分くらいだが見えた。一瞬とはいえ、見えたことに感動を覚えた。何という僥倖、満足して宿を後にすることができた。出たのは私たちがラス前だった。
 〔温泉情報〕源泉温度:72℃、温泉使用量:40ℓ/分、泉質:単純硫黄温泉、利用形態:源泉かけ流し(加水・加温なし)、但し冬期加温あり(給湯口源泉・浴槽加温・濾過・殺菌循環),、

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