11月14日、かねて家内と山の湯宿ということで選んだのが「中の湯温泉」である。ここは安房トンネルを平湯から沢渡方面へ抜けたあと、左折して安房峠へ行く旧道を七曲りして、高さにして200mばかり上がったところにある標高1500mの温泉である。以前は梓川沿いにあったのだが、安房トンネル掘削の煽りをくって閉鎖の破目になり、新しく旧の峠道の脇にある緩斜面の場所に移して建てられたもので、聞くともう11年を経過したとか。ここは焼岳の中の湯登山口でもある。11月初旬に電話したところ、もう一度は降雪があったとかで、車のタイヤは冬用のスタッドレスの方がよいとのこと、切り換えして出かけた。出立した日の天気は曇り、翌日は下り坂とのこと、この日は日曜日なので、松本まで高速自動車道を利用し、中の湯へと向かった。この国道158号線を通ったのは随分昔のこと、ガタガタした道だったが、今はきれいに舗装されている。途中で携帯電話があり、安房峠への道路はゲートが閉まっているが、鍵は掛かっていないので、開けて通って下さい、通った後はまた閉めておいて下さいと連絡があった。この連絡がなかったら、パニックになるところだった。中の湯温泉旅館には午後2時半頃に着いた。
着くなり、主人に明日上高地へ行きませんかと誘われた。何と15日には上高地の閉山祭が河童橋畔であるという。次の日は松本をブラつく予定をしていたが、お願いすることにした。上高地へは旅館の車でお送りしますとのこと、出発は午前8時30分、主人では天気が好ければ大正池から明神池まで歩いて穂高神社の奥宮へお参りしてから、正午に始まる閉山祭に参加して御神酒を頂いて帰ってくればよいとのこと、車はここに置いて出かけた方がよいとも。帰りは上高地から釜トンネルを出た処にある中の湯バス停までは路線バスで来て、バス停の近くには中の湯温泉の案内所があるので、電話があれば車で迎えに行きますと。歩くと40分はかかるとのことだった。この日は旅館のロビーからは雪を纏った奥穂高岳、吊り尾根、前穂高岳、明神岳が見え、すぐ目の前には霞沢岳がどっしりと対峙する。青空をバックの峰々にも感動したが、夕方、夕陽に赤く染まった穂高も中々印象的だった。
翌朝、今日の天気予報は曇り後雨とか、朝起きた時は部屋の窓からは穂高が見えていたが、暫くしてからはガスがかかり見えなくなった。今日は上空に冬並みの寒気が流れ込んで気温が急に下がるとか、8時半頃にはもう雨が降り出した。それでも宿泊客のうち10人が上高地へ行くという。主人では今日は雨なので、バスターミナルから河童橋周辺とビジターセンターで時間を潰した方が賢明だと言われる。河童橋は夏の雑踏はないものの、でもまだかなりの観光客がいる。セーターを着てきたのは正解だった。気温がどんどん下がるのが分かる。素手では手が冷たく手袋を求める。カラマツの落ち葉を踏んで路を歩く。ケショウヤナギも葉はすっかり落ち、寒空に梢を伸ばしている。すっかり冬の景色だ。岳沢はもう白く雪化粧をしている。奥穂も前穂も雲に覆われ見えていない。雨のなか、明神池へ行くのは止して、河童橋からビジターセンターへ向かう。
ビジターセンターは環境省の管轄、上高地は黒部峡谷と並んで、国の特別名勝・特別天然記念物に指定されていることもあって、じっくりと落着いて見学できるだけの沢山の資料があり、実に見応えがある。ここで2時間ばかり費やしたろうか。外は寒いが中は温かい。この後、五千尺ホテルで温かいコーヒー、紅茶を飲みながら、すぐ外で行われている閉山祭の準備を眺める。外は風も出てきて寒そうだ。紅白の幔幕が風を孕んで、はためいている。時間も迫り、寒いが外へ出る。世話人は明るいグリーンの法被を着ている。中の湯の主人の顔も見えている。人数は関係者、登山者ほかを合わせて300名くらいだろうか。
正午きっかりに式が始まる。すると不思議にも雨が止んだ。神官二人で、修祓、降神の儀、献餞、祝詞奏上、玉串奉奠、撤餞、昇神の儀、直会の順で式が運ばれる。この間約30分ばかり。この後、河童橋の中央で薦被りの樽酒の鏡開き、先ず梓川に御神酒を注ぐ。その後紙コップに樽酒を酌み、参加者の皆さんに振舞ってくれる。私も家内も頂き、先ず梓川の清流に頂いた酒を少々注ぎ、残りを感謝して頂く。報道陣もかなり来ていた。この閉山祭が済むと、上高地は冬の静寂に包まれることになる。
式が済む頃、雪がちらついてきた。着いたころは寒暖計は15℃を指していたが、雪とともに気温は2℃と急激に低下した。バスターミナルへ急ぎ、折りよく発車寸前のシャトルバスに乗り、上高地を後にした。中の湯の案内所で迎えを頼み、温泉旅館に戻った。ここは上高地とほぼ同じ標高、ここでも粉雪が舞っていた。
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