ジョージ・ガモフはロシア生まれのアメリカの理論物理学者である。私が知っているのは高校3年の時に、担任で数学の先生であった西野先生に勧められてガモフ全集(当時は全9巻)を読み、数学や物理学の面白味を味わったことで忘れられない人なのだが、私は彼をずっと難解な物理理論を一般向けに解説し啓蒙する物理学者とばかり思い込んでいた。ところが、今日でいう「ビッグバン仮説」は彼が提唱し、それも核物理学者らしく明晰な論理立てでもって組み立てた末に自信を持って構築し、かつ彼が予見したことが後に実証されたということで、宇宙の創造を解き明かした偉大な先人であることが分かった。ここではその経過を経時的に記してみたい。以前に読んだガモフ全集には、ビッグバンに関わる記述はなく、最初の提唱は全集発行後の1948年である。以下に科学雑誌「ニュートン」の2010年10月号の「無からはじまった宇宙誕生の1秒間」及び創刊30周年記念企画の2011年8月号の前編「大宇宙」及び9月号の後編「大宇宙137億年」から抜粋したものをまとめてみた。なお、彼は64歳で早逝している。
[宇宙定常説」
宇宙は永遠の昔から変わらずに存在していて、星座の位置が僅かに変化することがあっても、宇宙全体が大きく変化することはないと考えられていた。この考え方は20世紀初頭までは圧倒的に支持されていて、かのアルバート・アインシュタインでさえも、「宇宙は永遠に不変である」と考えていたようである。もっとも太陽の周りを公転する惑星の存在は知られていたので、宇宙は完全に不変で固定されたものであると考えられていたわけではない。
[原始的原子説]
1927年、ベルギーの司祭であり天文学者でもあったジョルジュ・ルメートルは、遠くにある銀河が地球に対して遠ざかっているという観測結果から、独自の方程式を導き出し、時間を逆に戻すと一点に集約されることから、宇宙は「原始的原子」の爆発から始まったのではないかというモデルを提唱した。しかしそれは単なる思いつきと一笑に付され、支持する科学者は皆無だったという。
[ハッブルの法則]
1924年、エドウィン・ハッブルは天体観測で、天の川銀河以外にも似たような星の大集団、すなわち銀河があることを明らかにした。1929年、これらほとんどの銀河が、地球に対してあらゆる方向に遠ざかっていて、その速度は地球から各銀河までの距離に比例していることを発見した。いわゆる「ハッブルの法則」の発見である。この法則の発見は、ルメートルの「原始的原子」の爆発から宇宙は始まったという仮設に対して、基礎的な裏付けを与えるものであった。しかし、ハッブル自身定常説を信じていたし、彼自身は天体観測こそが使命と考えていて、「宇宙の成り立ち」とか「宇宙の膨張」とかに対しては興味を示さなかった。
[火の玉宇宙]
ジョージ・ガモフは自然界には92の元素があるが、全体の92.4%が水素(原子番号1)、7.5%がヘリウム(原子番号2)で、二つの元素で99.9%を占めるが、彼はこの数字は多すぎると考えた。ヘリウムは太陽などの恒星では、水素から核融合反応によってつくられるが、太陽に含まれるヘリウムの量を説明するには核融合反応のみでは不十分で、太陽ができる以前から大量のヘリウムが存在していないと説明がつかないとした。1948年、これを説明するために、「大昔、宇宙全体に水素が満ちていて、超高温・超高密度の状態で起きた核融合反応で大量のヘリウムが合成された」とした。宇宙の温度が10億℃になると、核融合反応によって、最終的に陽子2個と中性子2個が結合したヘリウム原子核がつくられる。陽子に比べて数が少ない中性子は、すべてヘリウムの原子核に取り込まれ、残された陽子は1個でそのまま水素の原子核になる。この火の玉宇宙での元素合成の理論(αーβーγ理論)はガモフが提唱した後、日本の宇宙物理学者の林忠四郎により改良され、αーβーγー林理論と言われている。このガモフの考えはハッブルの観測結果で裏打ちされ、過去の宇宙は今の宇宙より遥かに小さくて、かつ超高温・超高密度だったという考えに到達した。
[ビッグバン宇宙]
1948年、この宇宙に始まりがあるとする考え方に対して、宇宙恒常説を信奉していたフレッド・ホイルは、出演したラジオ番組で、嫌悪の気持ちをこめて、そのような考え方(モデル)を "this big bang idea" と罵った。これ以降「火の玉宇宙」は「ビッグバン宇宙」と称されるようになった。
[原子の誕生と宇宙の晴れ上がり]
核融合反応によってヘリウム原子核がつくられた後も、あまりの高温のために原子核と電子はバラバラに空間を飛び交っていた(プラズマ状態)。しかし宇宙誕生から38万年後に宇宙がさらに膨張し、現在の1000分の1の大きさになり、宇宙の温度が3000℃程度に下がると、電子や原子核の飛び交う速度が遅くなり、電子は負に帯電し、原子核は正に帯電し、遅くなった電子は電気的な引力によって原子核に捕捉されるようになる。こうして水素やヘリウムの原子が誕生した。するとこれまで空間を自由に飛び回っていた電子がなくなり、不透明だった宇宙が透明になり(宇宙の晴れ上がり)、光は真っ直ぐに進めるようになった。
[宇宙背景放射の実証]
1965年、宇宙背景放射はアーノ・ペンジアスとロバート・ウィルソンによって初めて観察された。彼等はマイクロ波の受信機の性能を試験していた時に偶然、このマイクロ波を測定を妨害するノイズとして捕らえていたのである。その後ロバート・ディッチとジェームズ・ピープルズは、ペンジアスとウィルソンが捕らえていたノイズが、ガモフが予言した宇宙背景放射であることを実証した。ペンジアスとウィルソンはこの功績により、1978年にノーベル物理学賞を受賞している。この宇宙背景放射の発見は、過去にビッグバン宇宙が存在したことを示す証拠でもある。この宇宙背景放射は観測可能な最古の光で、特定の天体からやって来る光ではなく、全天のあらゆる方向からやって来ている。
[無から始まった宇宙誕生:原子の誕生まで]
● 0秒後:
生まれた瞬間の宇宙は、原子(約10のー10乗m)や、原子核(約10のー15乗m)の大きさよりも小さかったとされている。誕生直後の宇宙では、自然界における基本的な4つの力の「重力」「電磁気力」「強い力」「弱い力」は統一されていたと考えられている。強い力と弱い力は、素粒子の間や原子核の中で働く力である。
● 10のー44秒後:
宇宙温度は10の32乗K(ケルビン:絶対温度)くらい。重力が最初に分離する。
● 10のー43秒後:プランク時代
現在の物理学で扱うことのできる最小の長さは約10のー33乗cm(プランク長)で、この10のー43乗秒という数字は、プランク長の真空中を光が通過するのに要する時間である。光速は30万km/秒。
● 10のー36乗秒~-34乗秒後:インフレーション(加速的な膨張)
この時の宇宙の大きさは100m程度。この概念は佐藤勝彦とアラン・グースが個別に提唱したモデルである。宇宙は生まれた直後に、凄まじい速度で巨大化(10の30乗~43乗)した。この巨大化は初期宇宙を満たしていたエネルギー(インフラトン)によって惹き起こされたと考えられている。理論的には、宇宙のエネルギーがおよそ10の25乗電子ボルトの時に急膨張が起きそうだと推定されている。そして10の25乗電子ボルトになったのは10のー36乗秒後のことである。この時に真空の相転移がおき、宇宙が急膨張する。この頃に強い力が分離する。宇宙温度は10の29乗Kくらい。このインフレーション(急激な加速膨張)があったことで、宇宙の一様性をある程度説明できるとされている。インフレーションの命名はグースによる。
● 10のー27乗秒後:ビッグバン(インフレーション後に起きた灼熱状態の宇宙の誕生)
宇宙の大きさは1000kmくらい。この時期物質の基となる素粒子が生まれる。宇宙は灼熱状態で、宇宙温度は10の23乗Kくらいで、物質と光が生まれる火の玉宇宙(ビッグバン宇宙)である。
● 10のー11乗秒後:弱い力と電磁気力が分離
宇宙温度は10の15乗Kくらい。
● 10のー10乗秒後:反粒子の消滅
反粒子がなくなる。(4秒後にはすべての反粒子=陽電子がなくなる)。ポール・ディックは1927年、反粒子の存在を予言する論文を発表した。それによると、すべての素粒子には電荷の異なるパートナーが存在し、粒子と反粒子はペアで生まれ、衝突すればペアで消滅するとした。そして超高温の宇宙では、粒子と反粒子の生成と消滅は同じ割合で起きていたが、膨張して温度が下がってくると、生成は起きにくくなり、消滅ばかりが起きるようになる。実際の宇宙では、何らかの理由で粒子が反粒子より僅かに多かったので、粒子が残った。生き残った粒子によって、銀河や星や生物ができた。
● 10のー8乗秒後:素粒子の海
宇宙の大きさは今の数兆分の1、宇宙温度は数兆℃。クオークと呼ばれる素粒子とそれらの反粒子が、バラバラの状態で飛び交っていた。
● 10のー5乗秒後:陽子と中性子の誕生
宇宙の大きさは今の1兆分の1、宇宙温度は1兆℃。素粒子のうち、アップクオークとダウンクオークが互いに集まって、陽子と中性子ができる。陽子はアップクオーク2個とダウンクオーク1個が集まったもの、中性子はアップクオーク1個とダウンクオーク2個が集まったもので、アップクオークの電荷は+2/3、ダウンクオークの電荷はー1/3で、計算すると、陽子の電荷は+1、中性子の電荷は0になる。
● 1秒後:
宇宙の大きさは今の100億分の1。陽子、中性子、電子、陽電子が飛び交う。
● 4秒後:陽電子消滅
● 3分後:ヘリウムの原子核の誕生
宇宙の大きさは今の10億分の1、宇宙温度は10億℃。核融合反応によってヘリウムの原子核(陽子2個と中性子2個が結合)が誕生した。
● 38万年後:水素原子、ヘリウム原子の誕生と「宇宙の晴れ上がり」
宇宙の大きさは今の1000分の1.宇宙温度は3000℃。光は電子や陽子などの電荷を持つ粒子にぶつかりやすいという性質があるため、これらがあると光は直進することができない。しかし温度が下がって電子が原子核に捕らえられると、電気的に中性な原子が生まれ、光はぶつかる相手がなくなり、直進するようになる。これが「宇宙の晴れ上がり」で、この時の光を現在の地球で観測することができる。直進するようになった光は、宇宙の膨張とともに引き延ばされて、波長が長くなる。この波長の長い光が「マイクロ波宇宙背景放射」である。
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