● ペンギンとトムキンスとガモフ
ペンギンというのは高校の数学の先生で、僕等の三年の学級担任でもあった西野哲也先生のニックネームである。先生自らも私はペンギンだと言われていたから、余程気に入っておいでだったのだろう。ひょうきんで気さくで、親しみやすく、卒業時にはいろいろとお世話になり、手木町のお宅へも何回かお邪魔した。その後先生は高校長にもなられ、最後は教育委員会で定年を迎えられたが、世渡りも大変お上手だったようで、辞められて間もなく生前叙勲で勲三等瑞宝章を授けられた。先生は昨年他界された。
高校時代は私は数学が大好きで、西野先生の授業を心待ちにするくらいであった。数学の授業だったか、ホームルームの時だったか覚えはないが、こんな話をされた。大和百貨店はとても大きくて重くて、持てるなんて考えも及ばないが、それをつぶして5cm角位の大きさにしたら、一見持てそうに思えるが、しかしその本体は大和百貨店なのだから、べらぼうに重く持てるはずがない。しかし原子間距離を極端に小さくすれば、このようなことも起りうる。このような非現実的な夢のようなことは、いろんな物理法則を逆手にとれば可能なことで、もしこのようなことに興味があれば、先ずは「不思議の国のトムキンス」という本を読んで見なさいと勧められた。受験を控えていたが、面白そうなので買って読んでみた。発行は1940年、日本語版の発行は1950年で、私が買って呼んだのは昭和29年(1954)である。
この物語は、物理学の最先端の相対性原理や量子論に関する通俗講演を聴いたトムキンス氏が奇妙な夢を見るが、その夢の中で遭遇した奇妙な出来事を記したもので、日本語訳を担当した訳者は、この本はまるで物理学の漫画であると言っている。著者はジョージ・ガモフ、ロシア(現ウクライナ)生まれの物理学者、文章のみならず挿絵も描いていて、多才な一面を見せている。当時の訳者は物理学者で大阪大学教授の伏見康治である。教授講演内容は、「空間及び時間の相対性」「空間の彎曲と引力」「作用量子」の三講である。トムキンス氏が見た夢をいくつか紹介してみよう。夢では講演のテーマがいくつかオーバーラップしている。
[夢 1] おもちゃの宇宙:この世界では、光の速度は秒速30m、万有引力は私達の宇宙の百万倍も大きく、宇宙直径は10km、最も大きく膨張した時の宇宙半径は約200km、宇宙の脈動周期は約2時間、岩石の密度は地球上のものと同じという設定である。ここでは「我々の住むこの空間は彎曲し、それ自身において閉じ、加えて膨張しつつある」という言葉と関連している。トムキンス氏と教授は直径10mの岩に乗っているが、これは宇宙の岩であるので、朝はない。ところが隕石が飛んできて、教授の手帳を突き飛ばした。しかし教授は一向に慌てず、この空間は閉じているのでやがて手帳は帰ってくると言う。それは東へ行けと命令された人が、地球を一回りして西から帰ってくるのと似ていると。そして光も帰ってくる。またこの宇宙は今は膨張しているが、やがて収縮するとも。その時遠方の物体の色は赤から紫に変わる。やがて収縮してきて熱くなり、耐えられなくなって目が覚めた。
[夢 2] のろい街:ここでは光の速度だけ20km/時になっている。街角にいたトムキンス氏が見た自転車の人は、信じられない位平たくなって見えた。また通りを走っているタクシーもちっとも速くなく、這っているようだ。自分も自転車に乗ったが、スピードが上らない。それは光の速度を超えることは不可能だからだとか。また光速では時間の経過も遅くて、いつも光速で旅行している人はゆっくりとしか歳をとらない。
[夢 3] 量子の叢林:トムキンス氏は教授と狩りの名人リチャード卿と象に乗り、量子定数の極めて高い量子のジャングルへ虎狩りに出かける。森へ入ると物凄い唸り声がして虎の一群が象を襲ってきた。リチャード卿は一番近い虎の両眼の間を狙って引き金を引いたが、虎はちっとも傷を受けていない。教授はぐるりといる虎をずっと撃ちまくれ、虎はたった一頭なのだと言う。弾丸が当たると、虎は忽ち一頭になった。帰りにカモシカの大群が竹薮から現れた。リチャード卿は銃を構えたが、教授は押し止めた。撃っても無駄だよ。一頭のカモシカが廻折格子の中を通っている時は滅多に当たらないよと。
ここにはほかに「量子の部屋」「休息の一日」「最後の冒険」の3編が載っている。
0 件のコメント:
コメントを投稿