2010年6月15日火曜日

ラ・フォル・ジュルネ金沢2010

 ラ・フォル・ジュルネ金沢(LFJ)なる「熱狂の日」音楽祭が金沢の地で開催されたのは3年前、特に気に止めることもなく、新しい催しができたのだなあという軽い感じで、この年は公演には出かけていない。中心となった作曲家はベートーベンだったと思う。そして昨年の2年目はモーツアルト、若干興味を見出して3公演を聴いた。そして今年は「ショパン、ジェネラシオン1810」がテーマ、1810年生まれのフレデリック・フランソワ・ショパン、同い年のロベルト・アレクサンダー・シューマン、1年前生まれのヤコブ・ルートヴィッヒ・フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ、1年後生まれのフランツ・リストらの偉大なロマン派の黄金期を築いた作曲家の曲を中心に約150公演をしようというものである。メインは生誕200年を迎えたショパンだが、オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の音楽監督の井上道義の述懐では、LFJの仕掛け人であるアーティスティック・ディレクター(AD)のルネ・クレマンから、2010年のテーマはショパンと聞かされたときは「え?」と絶句して頭を抱え込んだという。何故ならOEKを抱えていてピアノ曲がメインのショパンじゃどう生かそうかと悩んだという。ところが憎たらしくもショパンとつながりの深い3作曲家を予め同世代の「ジェネラシオン1810」として組み入れる予定にしていたというから、井上の心配も杞憂に終わったものの、したたかなディレクターである。
 私は何故かショパンが大好きで、全曲を聴いているが、それもあって今回は特権を生かして早々と6公演を、次いでオープニングコンサートと山田和樹指揮の3公演、赤羽ホールでのジュール・ド・ショパンの5公演ほか1公演と後にクロージングコンサートもゲットした。こうして今年は計17公演を聴いた。1公演あたりの演奏時間は原則45分だが、アンコールなどがあり1時間を超える公演もあった。料金は500円~2500円、最も多いのは1500円の公演、もっとも無料の公演も多く、メインの5月3日~5日では札止めの会場も出る賑わいとなった。音楽祭事務局の発表では、4月29日の開幕から5月5日までの7日間の入場者数は昨年を約15000人上回る108150人だったという。盛況だった。
 クラシック音楽祭のLFJはADのルネ・クレマンが1995年に創出したもので、フランスの西部、ロワール川の河畔に位置するフランス第6位の都市ナント市で誕生した。彼はクラシック音楽の堅苦しさの殻を打ち破り、誰もが来て楽しめ喜べる音楽祭を目指して、低料金による年に一回の、でも中身は充実した豊富なプログラムと一流の演奏家に出会える場の具現にこだわった。彼はこれを「クラシックの民主化」と言い、「最も驚きに満ちたクラシックの宝石箱」とも評される所以となった。LFJはナント市では毎年恒例の年中行事として開催されているという。この勢いはフランス国外にも広がり、ポルトガルのリスボン、スペインのビルバオ、2005年には東京でも開催され、クラシック音楽界にセンセーションを巻き起こした。2008年、ブラジルのリオデジャネイロに続き世界で6番目の開催都市として金沢が選ばれた。3年目の今年、金沢オリジナルのプログラムにショパンと能のコラボレーションが企画されたが、彼をしてこの東西二つの文化の出会いは金沢でしかできず、3年前に東京に続く開催地として金沢を選んだのは素晴らしい選択だったと自画自賛している。そして音楽へのパッション(情熱)を金沢の皆さんと共有できることを嬉しく思っているとも。また彼は「私が情熱というときは、必ず友情の意味が含まれ、3年目の金沢プログラムは、まるで親しい友人のためのように、楽しみながら構成できた」とも述べている。なお、アーティスティック・ディレクターは井上道義が勤めた。
 今年のLFJ金沢では、7日間の日程中、国内外から1852人が出演し、184公演が行われたという。有料のコンサートが行われたホールは、石川県立音楽堂のコンサートホール(1560席)、同邦楽ホール(720席)と日航ビルの金沢市アートホール(308席)である。私が聴いた出演者ならびにグループはOEKを除くと次のようである。オーケストラで、はOEKのプロトタイプとなったというフランス屈指のパリ室内管弦楽団、吹奏楽では、外国へも演奏旅行しているという尚美ウインドオーケストラ。指揮者では、OEKの井上道義、神奈川フィル常任指揮者でOEKのアーティスティック・パートナーに就任した金聖響、期待の若手指揮者の山田和樹、昨年パリ室内管弦楽団首席客演指揮者に就任したジョセフ・スウェンセン。室内アンサンブルでは、世界屈指のライプツィヒ弦楽四重奏団と韓国人選抜メンバーによるIMA弦楽アンサンブル。ピアニストでは、アブデル・ラーマン・エル=バシャ(レバノン・フランス)、ジャン・=フレデリック・ヌーブルジェ(フランス)、ブリジット・エンゲラー(フランス)、ブルーノ・リグット(フランス)、ルイス・フェルナンド・ペレス(スペイン)など、邦人では、菊池洋子、鶴見彩、宮谷里香。器楽奏者では、西沢和江(ヴァイオリン)、伊藤圭(クラリネット)のほか、OEKからも、アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン)、ルドヴィート・カンタ(チェロ)、遠藤文江(クラリネット)が独奏者として出演した。
 今回のLFJ金沢公演でお目当てにしていたのは、山田和樹が指揮する3公演とOEKのプロトタイプとされるパリ室内管弦楽団である。山田和樹は昨年のブザンソン国際指揮者コンクールで優勝した俊英、今年のオーケストラの日に初めて聴いて、これは本物と思った逸材である。また売れっ子でもあるので、こんなに早く再び聴けるとは思いも寄らなかった。前回はスコアなしでの指揮だったが、今回はどうだろう。コバケンこと小林研一郎に薫陶を受けただけあって、スコアに忠実というよりは自分の音楽を奏でることに終始するコバケンの言葉を借りれば、スコアに目を落とすと、その瞬間、音楽に空白が生ずるという信条が彼にも受け継がれている感じがした。しかし今回は3公演とも台の上にはスコアが置かれていた。
 オープニング・コンサートは4月29日の午後、オーケストラはOEK、曲目はグラズノフの組曲「ショピニアーナ」、ショパンの追悼の意を込めてピアノ曲5曲を編曲したもので、オープニングに相応しい曲、若さ溢れる清新な演奏だった。続くショパンのピアノ協奏曲第2番を弾くのは初めて聴くブルーノ・リグット、数少ないサンソン・フランソワの弟子とか、正統派である。「今ヤマカズ」(池辺晋一郎の言では、山田和雄が往時「ヤマカズ」と言われていたが、新しく山田和樹の登竜で、大先輩は「昔ヤマカズ」というとか)の指揮は随分ピアノ奏者に気配りしたものだった。指揮も作曲もするというリグット、でも演奏は素晴らしく、リグットも演奏終了後はしっかり抱き合って讃えあっていたのが印象的だった。
 二度目のお目見えは、本番初日の5月3日のコンサートホール、尚美ウインドオーケストラを指揮しての登場、高校時代に有志を募って、自らは吹奏楽団の指揮をしたというだけあって、実に水を得た魚の如く、溌剌とした演奏が聴けた。曲はメンデルスゾーンの「吹奏楽のための序曲」、クラシックをこなせる、木管が優美なオーケストラ、外国への演奏旅行もしているとか、高い音楽性に支えられた演奏が聴衆を魅了した。次いでこの尚美で教鞭をとる伊藤圭によるウエーバーの「クラリネット・コンチェルティーノ」、この曲に魅せられたバイエルン国王がもう2作を所望したという曰く付きの曲、演奏者は日本クラリネット・コンクールで優勝したこともある名手でもあり、クラリネットの名技性を満喫させてくれた。次のリストの交響詩「レ・プレリュード」は、今回のLFJ金沢では数回演奏されたが、これはそのウインド版、聴きなれた曲だが、新鮮味を感じた。そして最後はリードの「アルメニアン・ダンス・パートⅠ」、本物の吹奏楽、若くて大編成、それが今ヤマカズの指揮で水を得たような見事な演奏を展開したのは素晴らしかった。的確な指揮が一層の盛り上がりを見せたと言えよう。
 三度目は二日目の5月4日、OEKを指揮しての登場、メンデルスゾーンの劇音楽「真夏の夜の夢」からノクターンと序曲「美しいメルジーネの物語」、歌うような柔らかな優しさがこもった音色に包まれた演奏は、聴衆を物語の世界に誘った。3曲目はメンデルスゾーンのピアノ協奏曲第2番、あまりにも敷衍している有名な曲、演奏者は異色のスペインのピアノ奏者ルイス・フェルナンド・ペレス、エマールやラローチャに師事したという彼は、持ち前の情熱と躍動感で、これまでと違うショパンを表現してきたというが、このピアノ協奏曲でも何か異質な彼特有の魅力に溢れた演奏をした。山田和樹にとっても新しい刺激を受けた演奏であったのではと思っている。
 LFJで山田和樹を3回も聴けたのは幸運であった。まだ若くこれからの逸材、今後の進歩がじつに楽しみだ。かなりあちこちから声がかかっていると聞いている。第二の小林研一郎を目指し、さらには第二の小沢征爾を目指して精進されんことを願っている。
 もう一つのお目当ては、岩城宏之がオーケストラ・アンサンブル金沢を結成するに当たって、その原型というか手本としたのがパリ室内管弦楽団(EOP)である。この室内オーケストラは1978年にジャン=ピエール・ヴァレーズらによって設立され、現在はジョン・ネルソンが音楽監督を務めている。設立者の一人であるヴァレーズさんは岩城さん存命のときから何回も來沢されていてOEKを客演指揮している。人数も40人前後と編成は似かよっている。今回の指揮は昨年首席客演指揮者に就任したジョセフ・スウェンセン、LFJ金沢での演奏は5月5日に2回、前日と前々日は東京でのLFJ日本で演奏している。曲目はメンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」、この曲は5月3日に金聖響指揮のOEKでも演奏され、端正な指揮でOEKとは相性が良く、その響きは好感が持てた。そしてEOPの演奏、磨きがかかった響きは聴衆を魅了した。次いでシューマンのピアノ協奏曲、ピアニストはパリ音楽院出身のジャン=フレデリック・ヌーブルジェという若手のホープ、初である。曲はシューマンの唯一完成したピアノ協奏曲、演奏の素晴らしさもあって、終わるとスタンディングコールとなった。最後を締めくくるに相応しい演奏だった。これに応えてのアンコールもあり、当初のプログラムには入っていなかったクロージングコンサートは10分以上も延長になった。感激の演奏だった。
 クロージングコンサートは県立音楽堂の地下1階にある交流ホールで開催されたが、椅子席は満席、後は立ち見と立ち聴き、最後の公演が長引いたこともあって、駆けつけたときはホールにも入れないような状況、スケジュールでは始めにジャズミュージシャンの小曽根真による「ショパンの主題による即興」があったらしいが、これは聴けなかった。次いで井上道義指揮のOEKをバックにしたフランスの女流ピアニスト、ブリジット・エンゲラーによるショパンの「ドンジョバンニのお手をどうぞによる変奏曲」が奏でられた。私が入場できたのはこの時で、音楽とキラキラした光が渦巻く空間のみが見えるという変な状態でのコンサートだった。そして最後はフランスとレバノンの国籍をもつというアブデル・ラーマン・エル=バシャのピアノと井上OEKによるショパンの「アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ」、華やかだったが、これほど押し合いへし合いのコンサートも初の体験だった。終了後演奏者と指揮者はぎっしりの聴衆に、丸いステージを回りながら、丁寧に感謝の意を伝えていた。私がいたのはオーケストラの背後だったため、この挨拶のときに初めて人の顔を見たという状況だった。
 挨拶も終わって、やおらLFJの提唱者ルネ・マルタンが登場した。そして来年の金沢では、シューベルトを中心にロッシーニ、サリエリ、ベートーベンら関連する作曲家を取り上げると発表し、当時のウイーンのコンサートを再現したいとも。そして最後に、「来年は金沢がウイーンになります」と言ったもんだから、会場は拍手と歓声の坩堝と化してしまった。こうして今年のラ・フォル・ジュルネ金沢は閉幕した。

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