2009年11月30日月曜日

『ダブル・ファンタジー』がトリプル受賞

 村山由佳の小説『ダブル・ファンタジー』が、第4回中央公論文藝賞、第22回柴田錬三郎賞、第16回島清恋愛文学賞と三つの賞を貰ったとのこと、オメデトウと言いたい気もしないではないが、あの内容でという思いもある。週刊朝日で作家林真理子が聞き手となって対談する「マリコのゲストコレクション」は12月4日号で494回目、もう9年半も続いている人気の対談だが、それに村山由佳が登場したのは今年の4月17日号、林さんにしてこれほど見事に「化けた」女性作家を目の当たりにするのは初めてと言わしめている。私はこの作家を全く知らなかったし、大体そういう何とか賞受賞の文学作品を読むということとは全く縁がない部類の人種であるからして、この対談も特別な関心もなく読み始めた。ところで対談での彼女の紹介によると、1993年に「天使の卵 エンジェルス・エッグ」で第6回小説すばる新人賞を、10年後の2003年には「星々の舟」で第129回直木賞を受賞、そして最新刊の「ダブル・ファンタジー」は濃密な性愛描写で作家としての新境地を開いたとあった。林真理子は、「夫と一緒に農業をやっている脚本家の女性・奈津が、こんな生活でいいのかと日常に倦んでいたところ、ある男性の導きで官能の世界に引きずり込まれ、体の求めるままに男性遍歴を重ねる・・・・」という小説で、面白くて一気読みしちゃいましたと、また清純派からの大化けだとも。私自身こんなことを書いてあっても大概は歯牙にもかけないのに、林真理子の呪縛にかかって、この長編のポルノまがいの小説に魅せられて読む破目に。
 彼女は1964年生まれ、立教大学卒業、厳しい母親に躾けられ、自身の発言でも、性欲そのものを認めるのもよくないという環境で育ったこともあり、性的なことに関しては罪悪だという感覚の持ち主だったという。結婚した相手は千葉の鴨川で農業をしていた男性、その夫は彼女が文筆活動をするにあたっての有能なマネージャーでもあって、彼女が書いた作品は書きかけであっても読んで批評もし、方向づけまでもするという御仁、その支配に対して「いやだ」とか「ちがう」とかも言えずに隷従してきたという。でもそういう環境で書かれた作品が直木賞まで取ったのだから夫の影響も馬鹿にならないことは確かだ。これまでの彼女の作品には、おっとりとした、自然が好きな、うぶでおぼこい、夫一途な、しかも自身は性欲はタブーという性格も相まって、いわゆるさわやかで明るい清純派ともいうべき作風があったという。また彼女は、夫婦の性生活は夫からの一方通行で、性の喜びなどなかったと言っているし、とはいっても浮気することもなく過ごしてきたと述懐している。
 ところが、小説ではそこに年長の大物演出家が登場し、メールのやりとりから性に火を付けられ、性に目覚めるが、しかしその後飽きられて捨てられ、それから性の遍歴をすることに。それまでの彼女は文章に「乳首」って書くのも恥ずかしくて書けなかったそうだが、以後は変身して体のどの部位も、顔とか手とかを描写するのと全く同じように書こうと思うようになったと。そうなってからは夫との間に乖離が生じ、夫とは情として断ち切れないものはあったけれども、17年間の夫婦生活に別れを告げ、東京へ出ることにしたと。そしてこれまでの財産は元夫に残したとも。そして東京の現実の生活では10歳年下の若い男性と同棲し、したいときにすぐできる態勢を確保して好きな小説を書けるなんて最高の環境と嘯いているという。読むとあの小説は実生活そのものだと確信する。それを感じたのは性交の描写があるエロちっくな部分で、特に性交での受身側である女性の快楽の表現は、男性のポルノ作家にはない微妙で新鮮な驚きがあったことは確かで、これは女性にしか書けないものなのではと思った。性の快楽を初めて書いたということは、実体験なしの想像では書けない。彼女自身、発刊後の女性誌のインタビューで、私は生命力が強いので、性欲もものすごく強いんですと言いのけている。母と前夫の呪縛というか、抑圧という重しが一挙に外れてしまって出来上がったのがこの作品だ。あるパーティーで渡辺淳一と出会い本の感想を訊いたところ、「まだ読んでないけど今までにないものを書いたそうじゃないか」と言われ、「実は私一人になったので」と夫の束縛から離れたことを話し、彼に「その自由は君の財産だ」と言わしめている。
 渡辺淳一があのリアルで緻密な性交描写に感心して選考したと考えたくはないが、もしあの小説からあの性描写を外したら、恐らくは全くの駄作だとしか言いようがないと思う。だから私は、色白で、ぽっちゃりした、小太りで、色っぽく、可愛い直木賞作家が、実体験に基づいて描いた性交描写が実にリアルで素晴らしかったということで過大に評価されて受賞した小説にほかならないと思う。聞けば受けた三賞すべてに、渡辺淳一が選考委員にたずさわっていたということだが、それを気にしている方もいよう。

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