2010年4月12日月曜日

お花見日和の花見(その1)

 今年から気象庁による日本各地の桜開花予想は止めにしたと新聞の報道記事にあった。その理由は表向きは民間でも開花予想をやっていて、ことさら国の機関の気象庁が開花予報を出すこともなかろうとのことだったが、でもいろんなデータを基に予想した予報が思ったほど的中せず、公の金を使って当たりもしない予報を出すのは権威にもかかわり、大勢に影響がなければ遠慮しておこうというのが本音だろう。でも新聞にはどこの資料に基づいているのかは知らないが、金沢での桜の開花は4月の頭との予想が出ていた。花見に関係する業者は、毎日の天気もさることながら、開花日も気になる大事な要素だろう。ところで今年のお天気はかなり気まぐれで、暖かい日があったかと思うと、翌日は寒気の襲来で冬の気配、日の最高気温の推移も日に10℃以上の上下はザラで、人様も体調の管理が大変だ。また今年に入って、突然の天候の急変で、山での不用意、不注意によると思われる遭難が多かったのも、この年の不順な天候によるところ大である。いつの日だったか、通常なら最低気温が記録される午前5時頃の気温がその日の最高で、最高となるはずの午後2時頃の気温がその日の最低という日もあった。
 さて、桜の開花予想は止めにしたものの、金沢地方気象台では構内の標本木を目安に開花宣言は続けている。今年の金沢での桜(ソメイヨシノ)の開花日は4月1日、標準木での開花の基準である5,6輪花が開いたことが確認されたことに基づく発表である。これは平年より5日早く、昨年より2日早かったという。満開までは1週間前後かかる見込みとのご託宣も付いている。この日は前線の影響で気温が上がり、21.0℃と5月上旬並みの陽気、それで一気の開花となったようだ。 
 開花の次は満開である。気象台は4月6日に、金沢でソメイヨシノが満開になったと発表した。これは平年より5日、昨年より4日早い観測だという。この日も気温は19.5℃と4月下旬から5月上旬並みのポカポカ陽気、やはり桜とて生き物、陽気がよいと気分良く花も開こうというものだ。正直なものだ。毎年のことだが、この観桜の時期に合わせて、兼六園の無料開放がなされるが、今年は4月5日(月)から11日(日)の1週間、夜間にはライトアップもされ(午後5時から9時半まで)、夜桜も楽しめる。石川県金沢城・兼六園事務所の話によると、兼六園には420本、金沢城公園には350本の桜の木があるそうだが、この本数は他の桜の名所からみて決して多いとは言えない。私が以前聞いた此処が桜の名所だといういわれの一つは「ケンロクエンキクザクラ」の存在、花弁が300枚以上もあるという、日本では有数の桜の木があったことと、旧金沢城内には計40種ばかりの桜の種類があることということだった。でも兼六園では一番先に咲くヒガンザクラ、次いで咲くソメイヨシノがどうしてもメインであり、次いでは半月ばかり遅れて開花するサトザクラやオオシマザクラ系の八重桜も風情があって趣がある。ところで、桜でもウコンという淡黄色の花を付ける樹種や、ギョイコウという淡黄緑色の花を咲かせる変わった種類の桜があるということはあまり知らされていない。これら変わった種類の桜は、兼六園ではなく、金沢城公園の敷地にある。
 ところで、桜の満開と梅の満開とではまるで印象が違う。この間テレビを観ていてその謎が解けた。梅は1つの花芽から1個の花しか咲かないが、ソメイヨシノの場合には1個の花芽から5~6個の花が咲くので、同じ満開でもその花の濃密さや規模は桜の方が数倍見場があるわけだ。どの桜もすべてそうなのではないはずで、キンキマメザクラなどの山桜などでは、絢爛さはなく清楚な感じがする。
 さて、桜満開宣言の後、天気は周期的に変わり、次いで陽気が戻ったのは9日の金曜日、この日の最高気温は21.1℃、次の日の10日も天気は高気圧に覆われて暖かいとのこと、桜の花を観に行こう。
 毎年家内と一度は花見をするのだが、今年は三男坊が入院をしていて、家内は夜は付きっ切りということもあって、今年は彼女は割愛するとのこと、私だけで出掛けることにした。10日は土曜日、しかも絶好の花見日和、この日を逃すことはない。また翌日の11日の日曜は予報では早くも雨というから尚更である。家内が家に帰るのは午後になるという。私が足ごしらえして家を出たのは午前9時、程よい陽気である。今日の花見は歩いて兼六園まで行こう。途中、高橋川の堤、伏見川の堤防の桜を愛で、母校の泉丘高校の桜を眺め、地黄煎町を通って犀川に出て、両岸の堤の桜を愛で、最後に兼六園と金沢城の桜を眺めて帰る予定とした。折しもこの日は旧県庁の本館が装いも新たに「しいのき迎賓館」として開館するセレモニーもあり、それも見物しようとの思惑もあった。天気は絶好の行楽日和、6日満開宣言の桜は今日で5日目、通常満開の期間は5日というから、今日がリミットの日でもある。何処も彼処も桜は満開、まだ散りかけてはいない。
 寺町5丁目の交差点から桜橋へと坂を下る。坂の途中から見る対岸の桜並木と片町の町並み、いつか大滝画伯の描かれた300号の絵を想い出した。左岸の桜並木もよい。昔橋詰めに「とよ島」という犀川の支流内川の最奥の部落後谷出身の方が開いていた割烹旅館があって、格好の花見宴会の場とあって、知己でもあり時々利用していたが、今はなくなってしまった。その跡を右に見て、桜橋を渡っていたら、大滝由季生さんにバッタリ出会った。あちらも驚いたろうが、こちらもびっくりした。先生のアトリエはこの橋詰めからW坂を上り詰めたところにあり、テレビで紹介されたこともあり、この界隈は縄張りの内だ。お会いして小一時間喋っていたろうか。今日の午後は文化センターで絵の指導をされるとか。私の指導の仕方はユニークで、決して強要はしないそうで、楽しく個々人の個性を伸ばすようにしているとか、でも時間の3時間以内には生徒達は皆ちゃんと絵を仕上げるという。生徒の腕は様々だが、私も彼らと一緒になって楽しんでいると言われる。今は日展にも前に所属していた一水会にも出展せず、ただ現代美術展にだけは縁もあって出品しているのだと。招待券を送ろうと思ったけれど、名簿をなくしてしまい、送れなかったけれど、今日はぜひ見ていってほしいと。今は時々フランスへ行っているが、描く環境としては日本にない良さがあって好きだと。飄々としておいでる。
 日本にはいろんな権威の方がお出でて、派閥をつくられておいでだが、これがどれほど若い人たちの芽を摘んでしまっているかということを縷々と話された。でも私は安井曽太郎の孫弟子だという自負があるとも。ところで現代美展に委嘱作品として出した絵のテーマは「坂の上のかざみどり」で、桜橋の袂に咲く満開の桜とW坂、それにアトリエと風見鶏をあしらった絵とのこと、風見鶏は小松在住の方から頂いたもので、あそこに見えるでしょうと指を指された。橋の両側には川へ出っ張った半円形の空間が、片側2箇所ずつ4箇所設けられていて、川の流れ、桜の花、町並み、残雪の県境の山々を眺め、寄りかかって風に吹かれ、時間を気にせずに話を伺った。こんな話も。現美の開場式のセレモニーの後、飛田北國新聞社長、嶋崎県立美術館長、秋元金沢21世紀美術館長の4人で会場を回った折、飛田社長が初めて私の絵を褒めてくれて、これからは山ばかりでなくこんな絵を描いて下さいと言ったとか。
 探蕎会にも触れられ、会の行事にはもし体が空いていれば、必ず参加しますとも。別れ際、会に注文が一つありますと。何ですかと聞いたら、探蕎会で「そば」を食べるのもよいが、少し文化的な修飾を施した方がよいのではと。これまでのように美術館や寺社を巡るのもよいが、例えばそばを食べた後、どこか適当な場所で絵を描いてみては如何かと。紙と鉛筆があればできること、絵にはこうしなければならないという決まりは一切なく、皆で個々に楽しんで頂ければよいと。ぜひ考えてみて下さいと言われ、承って、寺田先生と前田さんに伝えておきますと応えておいたが、信用されたかどうかは分からない。それにしてもユニークな一計があるものだと感じた次第だ。
 川上には猿、大門、高三郎、見越、奈良、挙原等、歩いた残雪期の山々が見えている。

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