2014年5月15日木曜日

「蕎麦ふじおか」の主 藤岡優也の軌跡(1)

 この一文を書くにあたり、直接藤岡氏に取材して記事を書いた宮下裕史と佐藤隆介の文章を参考にした。参考にした図書と項目は次の通りである。
 (1)佐藤隆介:うまいもの職人帖:平成9年 (1997) 文芸春秋:藤岡優也の蕎麦道
 (2)宮下裕史:そば読本:平成6年 (1994) 平凡社:ふじおか 藤岡優也
 (3)宮下裕史:新そば読本:平成11年 (1999) 平凡社:ふじおか 藤岡優也
 (4)宮下裕史:「そば」名人:平成22年 (2010) プレジデント社:「蕎麦ふじおか」藤岡優也

0.藤岡優也の読み
 佐藤隆介は「ふじおか・まさなり」、宮下裕史は「ふじおか・ゆうや」としている。

1.生い立ちから開業まで
 彼が生まれたのは昭和27年 (1952)、伊勢松阪 (三重県松阪市) である。小さな時から手先が器用で、それには自信があり、よく一人でプラモデルを作ったりするのが好きで、誰よりも上手に作れるという自負があった。そんなこともあって、学校生活はあまり好きでなかったし、団体行動が苦手で、いつも僕は落ちこぼれだと思っていたという。中学生になってからは音楽に傾倒するようになる。初めフォークソングに熱中していたが、やがてクラシック音楽に魅力を感ずるようになる。高校へ入ると、クラシックギターを習うようになり、夢中で練習に励むようになり、すごく腕を上げた。高校の教科では物理と化学が大好き、そして音楽好きで手先が器用、それで団体行動が苦手なこともあって、将来はエンジニアになろうと決心するに至る。
 大学は京都の同志社大学の工学部機械工学科を目指した。同志社大を選んだ大きな理由は、同校のマンドリン部が西の雄であったこと、東の雄の明治大学のマンドリン部も有名だったが、演奏曲目はポピュラー音楽をメインにしていたのに対し、同志社では伝統的にイタリアの古典音楽を演奏するのがしきたりだったことによる。彼は大学へはクラブ活動をするために行っていたようなものだったと述懐していたという。そしてこのマンドリン部で将来の伴侶となる信州下諏訪出身の「みち子」さんと知り合うことになる。そして定期演奏会のための合宿で初めて志賀高原へ行き、その時味わった信州の清澄な雰囲気に、とても魅せられたという。
 ところで彼は、将来エンジニアになることを夢見ていたから、可能性のあるいくつかの企業でアルバイトをした。ところが裏表のある人間関係にさらされて疲弊し、企業の一員として身を置くことは無理ではないかと思うようになる。そんな折、信州戸隠の宿坊でアルバイトをする機会が訪れる。宿坊では客に手打ちそばを振る舞うが、そのそばは農家の主婦が打っていて、彼はここで初めてそばと接触することになる。そういう農家の女達の蕎麦談義を聞きながら、また自らもそばを打ち、毎日そばを食べながら、次第にそばに取りつかれるようになったという。そして生来手先が器用なこともあって、いつの間にか、門前の小僧はいっぱしのそば打ちになっていたという。しかしそばに興味を抱いた彼はこれに満足することなく、もっと旨いそばを求めて、そばを食べ歩き始めるようになる。
 ところで、彼は特定の蕎麦屋での修業経験は全くない。1ヵ月ばかり東京でそば打ち教室に通った以外は、もっぱら本を読み漁って試行錯誤を繰り返したという。彼の信条は、「そばはつなぎを入れることなく打たねばそばとは言えない」であり、しかも「旨くなければならない」ということである。

2.故郷の松阪市でそば店「ふじおか」を開業 昭和55年 (1980)
 彼の故郷の松阪市は「うどん圏」である。そんな故郷で、彼は28歳の時に、同志社大のマンドリン部で知り合った信州出身の奥さん、みち子さんと2人で、そば店「ふじおか」を開店することになる。類まれな器用さは、エンジニアとしてではなく、そば職人としてその能力を発揮することになる。彼が開業した当時、松阪市にはそば屋はなかったのではないか。私の2011年の資料を見ると1軒のみ、三重県自体、そば屋は全国でも4本の指に入る位の少なさである。そういう雰囲気の中での開業は大変な苦労を伴っただろうことは想像に難くない。ましてや良い蕎麦粉を手に入れること自体、難しかったのではなかったか。
 そこで開業3年後の昭和58年 (1983)、旨いそばを打つべく、彼は自家製粉を始めた。未知の世界への突入である。そして打つのは蕎麦のみの「せいろそば」のみ、ただこれには何故かセットにして、今日も出されている「野菜料理」と「漬物」を付けるスタイルにこだわり、それは今日でも確立されたスタイルとして踏襲されている。また「十歳以下の子供の入店をお断りします」としたのも、この頃からだという。しかしこのような彼の孤高のスタイルは、地方の都市では受け入れられるはずもなく、うどん圏の人達の嗜好とは次第に乖離してゆくことになる。  

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