2011年3月7日月曜日

「不整脈について」-平成23年探蕎会総会講演からー

 平成23年2月27日の日曜日、平成23年の探蕎会総会があった。総会は通常議事のほか、ここ数年は会員の何方かが講演されるのが通例になっている。今年は会員の岩喬先生(金沢大学名誉教授)が「不整脈について」という演題で講演された。私も洞結節不全症候群ということで、8年前にペースメーカーを装着していることもあって、この講演には興味がそそられた。しかし内容は医学的にも高度かつ専門的であって、時折素人向きの話題が挿入されるものの、とても十分に理解するのは困難だった。しかし折角の講演だったので、少しは書き留めておこうと思って記してみた。
 
1.不整脈の語源
 不整脈という日本語訳は必ずしも適切な訳語とはいえないと言われる。でもこれはもう定着した日本語となっている。英語などでは、ArrhythmiaもしくはArythmiaと表記し、分節に切れ目を入れると、ar-rhythm-iaあるいはa-rhythm-iaとなる。a-(ar-)はギリシャ語由来で、非ーとか無ーを意味する。rhythmは周期的な動きのリズムを意味し、-iaはギリシャ・ラテン語系の名詞をつくる際に用い、病気の状態を示すとき等に用いる。そのまま訳すると、「リズミカルでない動きの病気の状態」ということになる。私がここでフッと思い出したのはa-で、これは阿弥陀の「あ」でもある。サンスクリット語の語源では、ア・ミータであり、「ア」は上述のとおりの無ー、「ミータ」はメートルとして定着しているように、元は「計る」とか「測る」という意味、従って「測ることができない」、翻って「測り知ることができないほど偉大な」という意味になる。ギリシャ語もラテン語もインド・サンスクリット語系の言語であるからして、共通している。
2.心臓の発生、解剖ー特に刺激伝道系、機能
 (1)心臓の機能:心臓は筋肉質な臓器、心筋の塊である。ヒトでの大きさは握り拳大の大きさである。心臓の働きは、律動的な収縮によって、全身への血液の循環を司るポンプの役割をしていて、体を構成する細胞にエネルギー源や酸素を運び、老廃物や炭酸ガスを運び出す。心臓は1回の拍出で70mℓの血液を送り出すので、1分間の拍動が70回とすると、拍出量は約5ℓとなる。成人男子での全血液量は約5ℓなので、血液は1分間で体内を一巡することになる。
 (2)心臓の発生:ニワトリを例にすると、受精卵を孵卵すると21日目には孵化してヒヨコとなるが、この過程で心臓がいつ形成されるかを日単位で観察すると、5日目には心臓の原基が形成されていることが分かる。受精卵が2分裂を繰り返し、そして分化し、いろんな臓器が形成されてくるが、心臓は臓器の中では最初に働き出す臓器である。またヒトではトリのような観察はできないが、ヒト胚の心臓は受胎後21日目に鼓動を始めるという。この説明の折、先生はトリの心臓は一心房一心室と言われたようだったが、帰って調べると、哺乳類と鳥類は二心房二心室とあった。因みに魚類は一心房一心室、両生類と爬虫類は二心房一心室とのことだ。
 (3)心房と心室の働きと血液の流れ:心臓での心房の働きは、心室に入る前の血液を貯留して心室へ送ることであり、また心室の働きは、収縮することで心臓外に血液を拍出することである。ヒトには左右二対の心房と心室があり、心臓には血液の逆流を防ぐために4つの弁がある。心臓での血液の流れは次のようになる。 全身⇒大静脈⇒右心房⇒(三尖弁)⇒右心室⇒(肺動脈弁)⇒肺動脈⇒肺(ガス交換)⇒肺静脈⇒左心房⇒(僧帽弁)⇒左心室⇒(大動脈弁)⇒大動脈⇒全身。
 (4)心筋:心臓を形成する心筋は、約5億個の細胞からなり、収縮することによって血液を送る働きをする固有心筋と、その固有心筋を動かすために電気刺激の発生と伝導を行なっている特殊心筋とがある。この刺激や伝導は神経系によるものではない。
 (5)刺激伝導系:この系は、洞房結節に発生した心拍のリズムを心臓全体の心筋に伝え、有効な拍動を行なわせるための構造である。洞房結節(別名キース・フラック結節)は上大静脈と右心房の境界付近に存在する特殊心筋で、ここで発生した興奮刺激は右心房壁の固有心筋に波状に伝わり(このとき心房が収縮する)、右心房で心室中隔近くに存在する房室結節(別名田原結節)に伝わる。ここでは刺激の伝導が遅くなり、心室の興奮は心房の興奮より遅れることになる。その結果、心房の収縮によって心室に送り込まれた血液は、次いで起きる心室の収縮によって肺動脈や大動脈に駆出されるという合理的な収縮パターンが形成される。房室結節を出た刺激伝導系は、ヒス束に移行して心室中隔に入る。ヒス束は心室中隔を下降して間もなく左脚と右脚に分岐し、左脚はさらに前肢と後肢に分岐する。ヒス束に始まるこれらの線維はプルキンエ線維と呼ばれ、非常に速い伝導速度で刺激を伝達するので、心室全体がすばやく協調した収縮をすることができる。
3.心臓の各部位の活動電位と体表心電図との関係
 心電図で心拍1回に現れる波形は、P,Q,R,S,Tの5つの波で、ほかにU波がある。P波は心房の興奮を示す上向きの波形で、右心房と左心房はほぼ同時に収縮するので単一の波として記録される。PQR波は心室の電気的興奮を反映している。最初の下向き波をQ波、その後最初に現れる上向きの波をR波、次に現れる下向きの波をS波という。T波は心室筋の再分極(興奮回復)過程を示す波で、R波の1/10以上が正常である。U波は成因不明な上向きの波で、T波の5~50%なら正常とされる。 PQ時間はP波の始めからQ波の始めまでで、房室伝導時間、整脈では0.1~0.2秒程度で一定である。QRS時間は心室内伝道時間を示し、整脈ではこの幅は一定である。QT時間はQRS波の始まりからT波の終わりまでで、心室の興奮と消退(収縮時間)を示す。PP間隔、RR間隔は整脈では一定で、その逆数が心房拍数、心室拍数である。通常両方は同じで60~100、60を下回ると徐脈、100を超えると頻脈という。
4.心疾患の診断
 (1)聴診、心電図、X線撮影により、95%が診断可能である。
 (2)近年の画像診断法の進歩により、これまで検出できなかった病変の検出が可能になった。
それには、心腔の造影、脈波伝播速度の測定、心臓超音波検査、心臓CT(X線コンピューター断層撮影)検査、心臓MRI(核磁気共鳴画像診断)検査等がある。
 (3)不整脈の診断:心電図ではほとんど全ての不整脈診断が可能である。
 資料では、間入性心室期外収縮(1分間に4つ以上あると治療対象になる)。心房細動(55歳以上では5%に見られ、この細動は心室に伝わらず、気にならない人もいる)。心室細動(30秒続くと問題、3分間続くと危ない。心臓蘇生装置・自動体外式除細動器=AEDで改めて洞房結節からシグナルを出すようにする)の説明があった。
5.不整脈
 不整脈は電気的刺激の乱れによって起き、発生機序としては、刺激生成異常と刺激伝導異常が、原因としては、虚血性心疾患と先天性心疾患に分けられる。また心電図による診断では、徐脈性不整脈、頻脈性不整脈、期外収縮に分けられる。
 (1)徐脈性不整脈には、洞不全症候群(SSS)、房室(S-A)ブロック、脚ブロック(BBB)があり、これらはペースメーカー適応疾患である。岩先生は1959年にシカゴのイリノイ大学医学部に心臓血管外科臨床研究員として在籍した折、世界で初めてのペースメーカー装着に邂逅した。
 (2)頻脈性不整脈には、心房粗動(AFL)や心房細動(AF)、上室性頻脈(SVT)、WPW症候群、心室頻拍(VT)と心室細動(VP)、QT延長症候群などがあり、頻脈には人工脈拍調整装置(1959年、岩先生が所属することになった札幌医科大学で世界で初めて試作)による脈拍調整=ペーシング療法が適応され、これには植え込み型除細動器(ICD)が使用される。また近年ではICD機能とQRT(両室ペーシング療法)機能を備えた両心室ペースメーカーによる心臓同期療法(CRT-D)も行なわれている。一方で手術(岩先生が先駆的役割を果たした)や心筋焼灼術(カテーテルアブレーション)も行なわれている。
 (3)期外収縮とは、心拍数はほぼ一定だが、一部の心拍がずれるもので、上室性期外収縮(SVC)と心室性期外収縮(PVC)とがある。
 このうち治療を要する不整脈には、致死的及びそれに移行する可能性のある不整脈、血行動態を悪化させる不整脈、症状の強い不整脈、頻脈発作の引き金になる不整脈、突然死を起こす可能性のある特殊な不整脈、慢性心房細動、慢性心室性不整脈がある。また前項のうち、致死的及びそれに移行する可能性のある不整脈(アダムスーストークス症候群)としては、心室細動、心室頻拍、心拍数の著名な上室性不整脈、洞不全症候群の重症型、完全房室ブロック、MobitzⅡ型房室ブロックなどがある。
6.WPW症候群(Wolf-Parkinson-White-Syndrome)
 (1)WPW症候群の概略:房室間にヒス束以外に伝導速度の速い副伝導路(ケント束)がある疾患。ケント束を通る刺激はヒス束を通る刺激よりも速く末梢心筋に到達するため、心筋の収縮が部分的に正常よりも早く始まる。この部分的な早い収縮は心電図上ではデルタ波として現れる。ケント束を伝わった刺激が、プルキンエ線維を逆行し、再び房室結節に戻ってしまう(リエントリー)と、そこから再びケント束へと刺激が伝わり、心室頻拍類似の頻拍となる。この頻拍はときに心室細動へと移行し、突然死の原因となる。またこの病気では、心房粗動や心房細動のような本来致死的でない頻脈性不整脈であっても、洞房結節という律速段階を経ずに心室へ刺激が伝導するため、心室頻拍類似の頻脈となり、致死的となる。現在この病気には、カテーテルを用いてケント束を焼灼する(アブレーション)治療がなされる。
 (2)WPW症候群の手術:この病気の頻脈は副伝導路が原因であることが分かり、目には見えないが心臓電気生理検査でその場所を特定できるので、それを安全に切断することが要点となった。1968年Sealyは心外膜側から心室筋を切って房室弁輪部に達したが、この方法では右心室を削ぐように切離するので、出血の多さが危惧される。これに対して、岩はその翌年、右心房の心内膜側から房室弁輪部の心房筋のみを切離する方法を採った。両者ともこの病気の原因である副伝導路の切断に成功し、この病気に根治の道を開いた。後年Sealyは改良法を発表したが、岩法と同様なものであった。ところで1980年末期から1990年代にかけて、この病気に対する治療はカテーテル電極を用いた「高周波アブレーション治療」が行なわれるようになり、治療は手術からカテーテルアブレーションに移行することになる。しかしその先駆け・基礎となったのはWPW症候群の手術療法があったからこそといえる。
 (3)WPW症候群患者の地理分布:1982年にNHKの科学ドキュメント番組で不整脈を手術で治すことができることが放送されると、全国から、また海外からも、患者が金沢の岩先生の元へ集まる事態となった。資料の統計年は不明だが、患者総数458人の内訳は、北海道26、東北38、関東77、中部50、近畿79、中四国55、九州46、石川84、海外3という患者分布となっている。またWPW症候群以外の頻脈の手術は81件あり、心室性頻脈70、上室性頻脈11となっている。
7.日本における不整脈治療者数
 (1)心臓手術患者数:ここには1986(S41)年から2007(H19)年までの推移が記されている。総数は、1986(S41)年にはほぼ20,000人だったのが、2002(H14)年にはほぼ2倍になっていて、この間毎年の増加が著しい。しかし以降は鈍化し、2007(H19)年は2.7倍の55,200人となっている。以下に疾患ジャンル別に1986年の人数、2007年の人数、( )内には伸びの倍数を記した。
先天性心疾患:8,570人⇒9,520人(×1.1)、心臓弁膜症:5,240人⇒15.240人(×3)、虚血性心疾患:4,280人⇒18,100人(×4.2)、動脈瘤:1,430人⇒10,000人(×7)、その他の心疾患:480人⇒1,900人(×4)となっている。
 (2)ペースメーカーとICDの移植数(2007):ペースメーカー(PM)とICD(植え込み型徐細動器)を合わせた数は17,194件、内訳はPMが15,055件、ICDが2,139件である。装着別では、初回装着が11,287件、電池交換が5,907件であった。機種別にみると、PMでは単極リードが4,883件で32.4%。双極リードが9,811件で65.2%、CRI-D(両室ペーシング機能付き植え込み型徐細動器)は361件で2.4%であった。ICDではCRI-Dが659件で30.8%、ICDが1,480件で69.2%であった。
 

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